第41話

文字数 2,861文字

 二度目の取引の場に、シンの顔があった。三ツ矢は、特に気にも留めていなかったが、吉良が何かにつけシンを立てるような言動をしているのを見ると、少し首を傾げたくなった。ひょっとしたら、シンを新たな売買の窓口にするつもりなのか。あり得る。八年も娑婆を離れていた人間を重要なポジションに就かせると言う事は、その人間がそれに値すると言う証だ。
 吉良は三ツ矢に、
「これからはこのシンが私の代わりに取引の場に立つ」
 と言った。三ツ矢の思った通りだった。
「それは構わないけど、次の取引は百キロ単位になるぜ」
 三ツ矢の言葉にヒューと口笛を吹いた吉良は、
「百キロ単位なら特別にグラム六千円で卸すよ」
 と言った。
「それは助かる。これだけのネタをその価格で卸して貰えるならその次も大口で取引が出来る。百キロ単位ならキングも立ち会うんだよな?」
「キング次第だ」
「大口取引でのキングの立ち回りを見てみたい」
「期待はするな。言ったようにキング次第だからな」
「分かっている。何なら直接言ってみようか?」
「余計な事は言わない方がいいよ。キングは自分の行動を他人に指図されるのを嫌う」
「それは、キングに限らず誰でも同じさ」
「分かっているなら余りせっつくな」
「今日、キングと会えるかい?」
「会う理由は?」
「特に無いさ。最近余り会っていないから、それでだよ」
「手土産はあるか?」
「手土産とは?」
「マトリの新しい情報かな」
「OK。期待に沿うような情報を持って行くよ」
「ならばこの後、夕方の五時にいつものビルで」
「分かった。遅れないようにする」
 今は特にこれと言った情報は無い。だが心配はしていなかった。部長の細田や課長の柳沢に頼めば、流していい情報の一つや二つ、OKしてくれると踏んでいたからだ。
 買い取った一キロのネタを安藤に持たせ、車で取引の場を離れた。安藤を自宅迄送り届けると、報酬分を渡し、残りの覚せい剤を持って初台のアジトに戻った。アジトへ覚せい剤を隠し、すぐさま細田に電話を入れた。事の経緯を説明し、キングと接触する為に、有益な情報を持って行かなければならないと説明した。
(Wとしての役割上、マトリの情報を流さなくてはなりません。宜しくお願いします)
(そうだな。キングを納得させる為の情報と言う事になるのなら、やはり一斉検挙の情報を流すしかないな)
(そんな予定があったんですか?)
(無い。フェイクの情報だ。実際は一斉検挙は行わず、単に捜査員を目的の場所に散らすだけだ。その情報をあたかもマトリの一斉検挙があると思わせれば成功だ)
(その情報を流します。そうすればこちらへの信用度も増すかと)
(そうだな。だが余り期待するなよ。海千山千のキングだ。情報を本当と思ってくれなければ意味が無い)
(はい。そこのところは上手くやります)
(頼んだぞ。この情報がフェイクと分かれば、君自身の身の上に災厄が降り掛かる事になる。それだけは避けるんだ)
(はい)
 細田との電話を終えると、三ツ矢はキングのアジトへ向かった。フェイクの情報を流す為と、何とか覚せい剤の取引の場にキングを引っ張り出す段取りを付ける為だ。もう幾度となく足を運んでいるキングのアジトだが、この時はこれ迄以上に緊張の面持ちを隠せなかった。電話で吉良にアジトに着いたと連絡すると、シンが三ツ矢を出迎えた。三ツ矢から言葉を掛けたが、一言も返事は無かった。無言で最上階へ案内された。中には吉良とキングが居た。
「貴方がわざわざ出向くとは、どんな話があるんですか?」
 キングが開口一番聞いて来た。
「あんた達に有益な情報だ」
「マトリが動くんですね?」
「察しがいいな。その通りだ」
「Wらしい働きをたまにはするんだな」
 吉良が話に割って入り、皮肉を三ツ矢に浴びせた。普段から余り口が良い方ではない吉良だが、こうまで皮肉を込めた言葉を投げつけた事は無かった。
「情報を知りたいのか、知りたくないのかどっちだ」
 三ツ矢も負けてはいない。するとキングが吉良との間に入り、吉良を嗜めた。
「せっかく持って来てくれた下村さんの情報だ。襟を正して聞こうじゃないか」
「一斉検挙がある。渋谷と新宿だ。厚労省麻薬取締局横浜分室が単独で行う。日時は一週間後の午後七時。横浜分室が総出で出向く。末端がメインだが、あんたらもその時刻に街をうろついていたら職質に掛かるよ」
「ありがとう。良い情報をありがとう。うちの売人達をその日は外に出ないよう引っ込めさせておくよ」
「それと、今日来たのはシャブの取引の件なんだが」
「うむ」
「次回は数百キロ単位で取引したいので、あんたにもその場に来て欲しいんだ」
 三ツ矢はこの理由で大丈夫だろうかと思ったが、他に思い付かず、そのまま思った事を言った。案の定、キングだけでなく吉良も不審そうな表情をした。
「何故、私がその場に必要なんだい?」
「取引の主の安藤という奴にあんたの顔を知って貰いたいからさ」
「安藤というのが、貴方の手下になって売しているんだね?」
「いや、正確に言うと俺は橋渡しをしているだけだ。勿論多少の利益は貰っているけどな」
「分かった。貴方の言う通り、次回は取引の場に立ち会うよ」
「ありがとう。感謝するよ。取引の日時と場所は後日連絡する」
 この瞬間、マトリのキング捕縛の動きが本格的に動き始めた。吉良はキングに言った。
「おかしいと思いませんか?」
「取引の事かい?」
「はい。今迄は取引場所や日時はこちらで決めてましたが、次回は向こうが決めると言っています。何か企んでいるような節が見られます」
「まあ、いいさ。仮にそうだとしてもこちらはあいつの家族を抑えているのだから」
 キングは特に心配していなかったが、吉良は違った。ならば最悪なケースを想定して、行動しなければならない。
 三ツ矢は話が纏まり、その報告をする為に横浜分室へ行った。部長の細田は不在だったので、課長の柳沢に報告をした。
「次の取引でキングが出て来るように段取りをしました。日時と場所はこちらで決められます」
「よくやった。で、取引の内容は?」
「取引の量は数百キロでグラム六千円。前日迄に量を決めます。取引の先頭に立つのは私が飼っているSになります。とにかくこれでキングの一味を一網打尽に出来ます」
「当日は横浜分室の総力を挙げて一斉検挙に向かおう。何人位、キングの一党は来ると思う?」
「キング本人と取り巻きが五人程。五、六人と踏んでいますが、これは最低の数字で、これより多く来てもいいように、人員の配置をお願いしたいのです」
「うむ。拳銃の携行は?」
「所持して行くべきでしょう。無抵抗で済むとは思えませんから」
「防弾チョッキも装備しよう。それと、君の家族の事だが、警備を付けてからそれらしい人間は近寄っていないとの報告が上がっている。心配なく職務に徹してくれ。Wの汚名を晴らす事だ」
「はい」
 三ツ矢は、家族に警備が付いていて、何の異常も無いと知り、ほっと胸を撫で下ろした。そして、その頃吉良はシンと二人切りになり、今度の取引の対処の仕方を話し合っていた。
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