第10話

文字数 2,282文字

 取引当日。
 安藤が六郷のアジトへやって来た。顔をみると、緊張のせいか少し赤らんでいる。それを見た三ツ矢が、
「落ち着け」
 と緊張を解すように言った。
「さあ、行くぞ」
「おう」
 車を発進させた三ツ矢は、アジトの周囲を念の為に一周して、怪しい車が無いかどうか確認した。そして、車を発進させてからも尾行の車が無いか、細心の注意を払いながら運転した。川崎には三十分位で着いた。大型スーパーの駐車場へ車を入れると、下見の時に見つけておいた防犯カメラの死角部分へ停めた。予定の時間より三十分近く早く着いた。予定通りだ。三ツ矢は、ベレッタM85を抜き、薬室に弾丸を一発送り、いつでも撃てる状態にした。安藤はその動作を横目で見ながら、三ツ矢には分からない程、微かに眉を(しか)めた。
「それ、使うの?」
「場合によっては」
「相手はキングに繋がりのある奴だよ。そんな物使って変な事にならないかな」
「その時はその時さ」
 その時、安藤のケータイが鳴った。
(あ、着きましたか。こちらは駐車場の道路側の外れの角にいます。防犯カメラの死角ですから都合が良いと思います)
 安藤はそう言うとケータイを切り、三ツ矢に、
「来ましたよ」
 と言った。暫くすると一台のワゴン車がライトを点滅させながら近く迄やって来た。三ツ矢もライトを点滅させる。
「降りるぞ」
 三ツ矢の言葉に頷きながら、安藤は三キロのブツが入ったボストンバックを手にして、三ツ矢の後を着いて行った。
「そこで止まれ」
 と、相手が言って来た。そして、一人の男が近付いて来ると、いきなり三ツ矢の体を調べ始めた。腰のヒップホルスターに気付く。男はベレッタM85を抜くと、遊底をスライドさせ、薬室の弾丸を弾き出し、マガジンを抜いた。
 リーダー格の男が、
「物騒な物を持って来たな」
 と言って、ほくそ笑みながら、身体検査をした男からベレッタとマガジンを受け取った。
 取引相手のリーダーと思われる男が、二人の男を従えている。
「じゃあ、取引と行こうか。ブツを見せて貰おうか」
「現ナマが先だ」
「強気だな。強気の元は今は無いのに」
 そう言って、ベレッタをぶらぶらさせた。
「ブツを先に見せて貰わなければ、取引にならないだろう。初めての取引の場合、ブツから確認させて貰うのが常套だ」
 相手側のリーダーがやれやれといった風に呆れながら言った。
「現ナマを確認する前にブツをそっちに渡す訳にはいかないよ。素直に現ナマを寄越しな」
 三ツ矢が強い口調で言う。すると相手が、
「商談は決裂だな。何もあんた方と商売しなきゃならない事はない。取引相手は幾らでもいる」
 と言って背中を見せ、乗って来た車に戻ろうとした。
「待て」
 三ツ矢が引き留める。
「分かった。おい安藤、ブツを見せてやれ」
 安藤に命じた。安藤が言われた通り、覚せい剤の入ったバックをリーダー格の男に差し出した。男は連れの男の一人に、そのバックを渡した。渡された男は、バックの中から一袋取り出し、持っていたナイフで穴を開け、少量の覚せい剤を取り出し、検査キットのようなもので検査した。ブルーに色が変わると男は頷き、
「間違いない。上物です。量もきっちり三キロある」
 と言った。リーダー格の男はにこりと微笑み、
「商談成立だな」
 と言って二千万が入っていると思われるバックを三ツ矢に投げて寄越し、地面に落ちていたベレッタとマガジンを投げた。それを黙って受け取ると、三ツ矢は安藤に、
「帰るぞ」
 と言った。
「検めなくていいのか?」
「信用するよ。キングに繋がりのあるあんた達だから」
「今日と同じ条件で良ければ、また商売しても良いよ」
「分かった。そのかわり、今度は身体検査はなしだぜ」
 リーダー格の男が笑った。そして彼等は乗って来た車に乗り込み、駐車場を後にした。三ツ矢は投げ返されたベレッタM85にマガジンを装填し、地面に転がっていた実包を拾った。男達が去った後、安藤が大きくため息を吐き、ぼそっと言った。
「そいつが見つかった時、一瞬どうなるかと思ったよ」
「キングの息が掛かった奴等なら、身体検査位やるだろうと思ったよ」
 実包をポケットに入れ、ベレッタM85をヒップホルスターに差し込んだ。
「現ナマ、検めなくて良かったのかい?」
「大丈夫だろう。それより俺達も帰るぞ。こんな場所にいつまでもいられないからな」
「分かった」
 と言って、安藤は車に乗り込んだ。三ツ矢が運転席に座る。そこで三ツ矢は安藤に現ナマを確認させた。車を発進させる。今度は車を替えなければならないなと三ツ矢は思った。
「百万の札束で二十個、きっちり二千万あるよ」
 安藤がにこりと微笑んだ。
 三ツ矢は、安藤を六郷から一人で帰した。少し不満そうな表情を見せた安藤だったが、タクシーを呼んでやると仕方ないと言った表情で帰って行った。
 安藤が帰った後、三ツ矢はバーボンウイスキーの栓を抜き、ロックグラスに注いだ。買い置きしてあったブッカーズだ。氷は入れない。ストレートで飲むのが三ツ矢の主義だ。最近は殆ど飲む事は無かったが、今晩は無性にアルコールが欲しかった。それも特別強い酒を。一杯目を一気に流し込む。体の内側から熱いものが溢れ出そうになった。手が震えている。アルコールのせいではない。今日の取引のせいだ。今になって恐怖感が湧き出て来たのだ。
 三ツ矢は越川に電話を入れた。
(キングと繋がりのある奴等と接触出来た)
(一つ進展したな)
(ああ。それで頼みたい事がある)
(何だ、言ってみろ)
(車を替えたい)
(分かった。明日にでも用意するよ)
(助かる。では明日)
 簡単な通話で越川との電話は終わった。
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