第20話

文字数 3,245文字

 どちら側も、拳銃での銃撃戦など経験した事が無い。ただ無我夢中になって引き金を引き絞るだけだ。それは渡瀬も同様で、初体験の銃撃戦で気持ちが高ぶり、ただ矢鱈と拳銃を撃つだけだった。その点、幾度も銃撃戦を経験し、銃の扱いにも慣れている三ツ矢は、この集団の中でただ一人冷静だった。渡瀬から銃弾を浴びたものの、丁度防弾チョッキの所に当たった為、肩が脱臼したような衝撃は感じたが、命に別状はなかった。反撃した三ツ矢の銃弾は、渡瀬の腕と足に命中し、渡瀬はその場に蹲ってしまった。
「越川さん、渡瀬を確保して!」
「分かった!」
 越川が蹲っている渡瀬の傍へ行き、手錠を掛けようとした。その刹那、後ろの方で拳銃を撃ち続けていた郷田が、
「兄貴!」
 と叫びながら、越川へ拳銃を向け、発射した。郷田に気付いた三ツ矢も郷田に向けて銃を発射させていたが、ほんの少しの差で遅れた。越川がひっくり返るのと、郷田が後ろへ飛ぶのとほぼ同時だった。
「畜生、やりやがって」
 三ツ矢の銃弾を浴びながらも、なおマトリに牙を剥いた。一人の捜査員が銃弾を受けた仲間の捜査員を後ろ手に庇いながら、郷田に銃弾を撃ち込んだ。弾丸はきれいに二発、腕と足に命中した。
 三ツ矢は撃たれた越川の傍へ行く。弾丸は、防弾チョッキからずれた所に当たり、血が噴き出ている。三ツ矢は両手で傷口を抑え、懸命に止血した。
「我妻、渡瀬を確保するんだ!」
「はい!」
 三ツ矢の後ろに着いていた我妻が階段の上がり框を勢いよく飛び越え、蹲ったままの渡瀬の傍へ行き、手錠を掛けた。
「確保!」
 我妻の声に、その場に居合わせた捜査員の誰もが、心の中で喝采を浴びせていた。同時に、渡瀬と郷田がマトリに確保されたと分かった郷田組の組員達のそれまでの狂ったような反抗が止んだ。捜査員の各自が、自分が相対していた組員を確保して行く。
 渡瀬は足の銃創が思いの外酷く、立ち上がれない程で、出血の度合いからも、すぐに医療機関に送らなければならない状態だった。三ツ矢は救急車を呼んだ。怪我人は他にもいた。郷田もその一人だったし、組員達の大多数が捜査員達の銃弾を受けていた。捜査員の中にも、越川以外に怪我人が出たし、防弾チョッキの上から撃たれたとはいえ、無傷では無かった。それだけ郷田組の反撃がすさまじかったという事か。無傷の者は、マトリが乗って来たワゴン車に乗せ、東京拘置所へ護送した。怪我人に関しては、川口市内の救急病院へ一先ず送り、後日容体が回復したら東京拘置所へ移送する手筈になっていた。
 渡瀬は病院のベッドで一人歯噛みする思いになっていた。青臭いマトリ連中に後れを取った事が、何にも勝って悔しかったのだ。渡瀬は黙って捕縛につくつもりは無かった。病室の外にはマトリの連中が監視として二十四時間待機している。病室には入って来ない。渡瀬がいる病室は四階だ。窓を開ければ外が見える。住宅街にある病院のようだと分かると、渡瀬はある考えを思い付いた。窓から見える病院の壁面には、排水管が下迄繋がっている。それを伝えば外へ逃げれる。幸い、マトリの連中は病室の外で警備しているだけだ。上手くチャンスを掴めば逃げる事が出来る。早くしないと、自分も拘置所へ送られる。そうなる前に決行しなければならない。この病院を逃れれば、潜伏先は幾らでもある。渡瀬は虎視眈々とその日を待った。
 一方の三ツ矢達は拘置所へ送った連中の取り調べで大忙しだった。そんな中で、三ツ矢に、次の標的であるキングを一日も早く捕まえるよう、柳川課長が言って来た。
「中田会はこれで立ち直れないだろう。残党は末端の組員のみで、会長の中田は高齢だ。自分から進んでシャブの取引をする程の力もコネも無い。残るはキングだ。中田会のように簡単に捕らえられるとは思わないが、全力を尽くしてやってくれ。必要な物は何でも言ってくれ」
「ならば、押収したシャブをキングを誘き出す為に用意して貰う事は出来ますか?」
「シャブを餌にするのだな?」
「失ったりしたら責任はどう取る?」
「懲戒解雇でも何でも」
「そこ迄考えているのなら、特別に用意しよう」
 この時三ツ矢は、横浜分室で押収した覚せい剤を別な事に使おうと考えていた。キングとはダブル(二重スパイ)の関係だ。家族が人質状態になっているから、Wに徹せなければならなくてはいけない。柳川課長に言った押収の覚せい剤は、キングの為に使うのではなく、キングと敵対している別組織に接触する為に使う為のものだ。
 その辺の段取りをする為に、キングのアジトへ向かった。吉良に連絡すると、キングも会ってくれると言っている。
 キングは、関東のみならず日本各地の麻薬組織から畏敬の念を持って捉えられている。だが、そういう組織ばかりではない。中にはキングと表立って敵対している組織もある。その一つが、関西有数の暴力団組織である山地組だ。山地組の縄張りである関西でも、キングは取引を行うのが、山地組にとって目障りこの上ないのである。公に、
「関東だけで商売しているならまだ許せるが、うちの足元でシャブの売をするのはゆるせねえ」
 と言っているのだ。しかし、そう言っている山地組自体が、関東に触手を伸ばし、縄張りを広げ覚せい剤を売っている。横浜でも何度か山地組の組員を、覚せい剤の取引で挙げた事があった。そういう背景があったから、山地組を叩くという案にはキングも乗り気になるだろうと、三ツ矢は思った。
 キングのアジトに着くと、吉良が二階で待っていた。三ツ矢の顔を見るなり、
「川口では大捕り物だったようだね」
 と声を掛けられ、
「キングが五階で待っている」
 と言った。
 今日はこのアジトにキング以外には吉良しかいないようで、閑散としていた。ドアを開けると、ソファにキングが座っていた。
「やあ。怪我はしなかったのかい?凄まじい撃ち合いだったんだろ?」
「防弾チョッキのお陰でぴんぴんしてるよ」
「それで、今日はどういう話を?」
「山地組を潰そうと思っているんだが、手を貸してくれないか?」
「中田会の次は山地組かい?えらい所を突こうとしてるね。仮にうちが手助けしても、中田会のようにはいかないよ」
「分かってる。それなりに入念にやるよ」
「どうやる?」
「潜入捜査をする」
「マトリの方はどうなの?」
「中田会の次はキングを追い込むという図式になっている」
「うちを追い込むのかい?」
 そう言いながらキングは笑った。その笑いは、負け惜しみとか見栄から出ているものでは無いと、三ツ矢にも分かった。
「下村さん。あんたがその先頭を切ってうちを潰しに来るのかい?」
「そうなるだろうな」
「奥さんと一人娘がその瞬間から路頭に迷うよ。うちをパクるなら末端の売人だけにしておきな」
「だからそうならないよう、あんたに相談している」
「その話と山地組とはどう繋がる?」
「あんたの所と山地組が取引している所を、我々マトリが踏み込む。その際、あんた達だけはその場から逃走すると言う仕組みだ」
「面白い話だが、橋渡しはだれがやる?」
「俺がやる。覚せい剤もそれなりの量を用意する」
「うちが山地組と取引するなんて話は、この地球がひっくり返っても無いよ」
「そこを頼む。絶対にあんた達をお縄にはしない」
「捜査員の全員がそういう段取りとは知らないわけだろ?すべてあんたの思惑通りに動くとは思えないのだが」
「そこは任せてくれ。責任を持つ」
「その話をうちが乗ったとしても、キングは取引の場にはでないぞ」
 キングとの話に吉良が割って入った。
「本当にうちからは誰一人として逮捕者を出さないんだな?」
「ああ。約束する」
「キング。この話に乗ってみては?」
「吉良が言うなら任せるよ。但し、しつこく言うようだが、うちから一人でもパクられる者が出たら、その時は分かっているね?」
「分かっている」
 こうして、三ツ矢の練った案がキングに受け入れられた。この頃、渡瀬が入院していた病院では、捜査員達は右往左往しながら、逃走した渡瀬の後を追っていた。
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