第6話

文字数 3,145文字

 二人は六郷の三ツ矢のアパートに戻った。三ツ矢は百グラムのブツを、安藤に預ける事にした。三ツ矢は冷蔵庫から缶ビールを二本出し、一本を安藤に渡した。
「あんたが責任を持って捌いてくれ。いくらで売ろうが勝手だが、出来れば相場より安く値付けをして欲しい。上りは折半だ」
 三ツ矢から出された条件は、安藤にとって好都合のもので、話を聞き終わった安藤は、目を輝かせて、
「大丈夫。任せてくれ。あんたに損はさせないよ」
 と言った。
「これからは、俺達はコンビでやって行く。何かあったら隠し事は無しだ。必ず俺にも教えてくれ」
「分かった。そのようにする」
「差し当って、今日仕入れたネタを捌き、それで次の仕入れの元手の一部にする。少しずつ捌く量を増やし、行く末はキロ単位で扱える事を目指すんだ」
「キロとは大きくでたね。いいよ。やろう」
 安藤は三ツ矢の提案に興奮していた。
「しがない売人の俺にも風が吹いて来た感じだな」
 缶ビールの残りを一気に飲み干した安藤は、
「ビッグになりましょうね。あんたなら出来るよ。そこへ俺が加わるんだ。間違いない」
 と三ツ矢に言った。安藤の言葉に、三ツ矢はにこりと微笑んだ。
「いつかはキングを追い越そう」
 そう三ツ矢が言うと、安藤は、
「キングを狙っているのか?」
 と三ツ矢に尋ねた。
「ああ。キングの牙城を崩してみたいね」
「俺は詳しくは分からないが、キングというのは日本の麻薬王と言われているんだぜ。生半可な方法じゃ追い付くどころか、足元にも及ばないよ」
「分かっている。その為にあんたがいるんだろ」
 安藤はそう言われて悪い気はせずと言った感じで、
「そうまで言われたら、俺も一肌脱がなきゃならないな」
 と言った。
「ところでキングとはどういう組織なんだ?」
「俺も他人から聞いた話でしか分からないが、シャブの卸の大元で、海外から直接仕入れているらしい。それに、仲買もやるし、末端の売人にも息の掛かった人間がいるという事で、とにかく手広くやっている。億の取引なんてざらだそうだ」
「海外とは何処の国からだ?」
「一時期は北朝鮮から仕入れていた事もあったが、今出回っているのは中国産がメインだね」
「成る程。よく分かった」
 安藤の話は、事前に三ツ矢が横浜分室で仕入れた予備知識と変わらない。ただ、横浜分室で聞いた話の確認が取れた事で、今後の方針が決まった。これからは、キングの仲買に食い込み、そこを足場にキングの牙城へ迫る事だ。
「よし、今日はこれで終わりだ。あんたは渡したネタを一日も早く捌く事だ。いいな」
「分かった。このままネタを捌きに行くよ」
「サツには気を付けてな」
「ああ。分かっている。これだけの量を持っていてパクられたら洒落にならない刑を打たれるからな。慎重にかつ大胆にってやつでいくよ」
 安藤はそう言って、三ツ矢のアパートを出た。その安藤が、三ツ矢に電話で連絡を寄越したのは、それから二週間後の事だった。ネタが全部捌けたと言う。
 この二週間の間に、横浜分室から軍資金が三百万円銀行口座に振り込まれたから、丁度良く次の取引に資金を投入出来る。今度は更に量を増やせるというものだ。
(よく二週間で捌けたな)
 末端に捌くには量が多かったから、三ツ矢はもう少し日数が掛かると思っていた。
(物がよかったからね。末端の売人にあっという間に捌けた。今から売り上げを持って行くよ)
(分かった。待っている)
 一時間後。安藤がやって来た。三ツ矢に、売り上げを渡す。
「グラム二万で捌けたから元手の百万と利益分の百万だ」
「うむ。利益の半分の五十万、きっちりあんたの分だ」
「ありがたい。次はどうする?」
「また中田会に連絡をしてくれ。今度は三百グラムだと言うんだ。
「三百!」
「そうだ。捌く筋はあんたに一任する」
 安藤は三ツ矢の言葉に驚きながらも、それ迄取引したことのない量に胸を躍らせた。
「任せてくれ。あんたの悪いようにはしない。じゃあ早速中田会の方に連絡しておくよ」
「頼む」
 その日はそれで別れた。中田会との取引が成立したとの連絡が入ったのは翌日の夜だった。相手も短い間で大口の取引が出来るとあって、喜んでいると言う。取引場所は前回と同じ、新宿西口のホテルプライムとの事。取引は今から二時間後。全てを承知して、三ツ矢は車で安藤をピックアップするべく中野駅北口に向かった。安藤は中野駅北口のキオスクの前で待っていた。
「待たせたな」
「俺も今来たばかりさ」
「しかし今日の今日とは、随分焦っているみたいだな」
「多分、時間を開けたら他所の売人に取られるとでも思ったんじゃないかな」
「ならば、ある程度こっちの言い分が通りそうだな」
「余り欲をかかなければね」
「ほどほどにして置くよ」
 車は新宿駅西口へ出、前回同様ホテルプライムの近くにあるコインパーキングに停めた。ホテルのロビーへ行くと、見覚えのある男が待っていた。奥山だ。その男に着いて行くと、この前と同じにエレベーターで十一階へ向かい、エレベーターを降りてから階段で下の階へと降りて行った。前回は九階だったが、この日はワンフロア下の十階が取引をする部屋だった。
「やあ。だいぶ景気が良さそうだな。あの量を短い期間で捌くとは」
 年嵩の男が言った。
「仕入れさせて頂いたネタが良かったお陰です」
「今日も良いネタを回すよ、三百で良いんだな?」
「はい」
「それだけのネタを右から左へ捌けるルートでもあるのか?」
「そっちの方は、彼に任せてます」
 三ツ矢は安藤の方を見てそう言った。
「そうか。今日の取引はある程度そっちにも良い目を見させてやる事にする」
「どういう良い目で?」
「グラム八千円でいいよ」   
 こちらから値引きを頼む前に相手から譲歩して来た。グラム八千円なら上出来だ。
「それは助かります。ならば三百で二百四十万で構わないのですね?」
「ああ。構わない。その代わり、これからもうちを通じて仕入れる事。いいかな?」
「はい。勿論、構いません。じゃあ金を」
 三ツ矢は手にしていたセカンドバックから銀行の袋を出し、その中から先ず二百万円出し、それを先に相手に渡してから、残りの四十万を自分の長財布から出した。
「指が切れそうな新札だな。武志、ネタを渡してやれ」
 年嵩の男に言われた若い男が百グラムに小分けされたビニール袋を三つ、三ツ矢に渡した。そのネタを三ツ矢は安藤に渡した。安藤はこの前と同様にネタの純度を確かめるべく洗面所へ行き、試し射ちをした。
「しかし、あんた、太っ腹だな」
「どういう意味でしょう?」
「普通は取引して間もない相手とは簡単に信用して帰らないものだ。秤を持って来て、正味その量が入っているかどうか確認する。あんたは初めての前回もそうだったが、一切お構いなしだった。いい意味で感心してるんだ。あんたとはこれからも長く取引出来るだろう」
「取引は信用で成り立っているものですからね」
 安藤が洗面所から戻って来た。三ツ矢を見てこくんと軽く頷いた。
「今回もマブネタ(上等な)で感謝します」
 三ツ矢は年嵩の男にそう言って部屋を後にした。三百グラムのネタを持たされた安藤は、周囲の気配が気になって少しそわそわしていた。今職質を食らえば、自分はマトリの潜入捜査だと言えば助かるが、安藤は十年以上刑務所へ入らなければならない。安藤の落ち着きの無さは、車に乗っても続いた。車で安藤のアパートへ送っている間中、
「あの車、怪しくないですか?」
「覆面パトカーに思えるんだが」
「PCが来ます」
 と、隣で見ていても明らかに挙動不審だった。
「PCとすれ違っても決して見るな。落ち着いて前方だけを見ているんだ。そうすればやり過ごせる」
 三ツ矢にそう言われて、漸く安藤は落ち着いた。すれ違ったPCは何事も無く遠く後方へ消えた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み