第13話 グリーンスリーブス
文字数 1,202文字
僕たちは途中のコンビニで、その日の2食分と翌朝用の食事を調達する。愛はサイフもスマホも持っていないから、結局僕が全部精算した。
自分なら、貴重品は一刻も早く手元に戻したいと思うけれど、それ以上に自分と二人きりになりたいと愛が思ってくれていることが僕は嬉しかった。
歩いている途中で愛のお腹がクゥーと大きな音を立て、僕は我慢できずに吹き出した。
「笑うな!」と愛は睨むが、その顔がまたキュートだ。
「だって、かわいい音がするからさ」
「悠はお腹空かないの? 私、朝ごはん食べてないからもう限界」
「もうお昼だもんね。さっき城山刑事がドアの外で電話してた時にね、僕はカツ丼でも注文してくれるのかと思った」
「カツ丼?」と、愛は不思議そうな顔をする。
「昔の刑事物のテレビドラマって、取り調べとか終わるとカツ丼が出てくるんだよね」
「知らない。そんなの見たことないもん」
イギリス育ちの愛とは、育った環境が違うのは当然だ。まぁ、それも面白い。
「そうだ。お昼食べたらビートルズの『Help!』観てみない?」と僕は提案した。
「観たい! でも、その前に悠の歌とギター聴かせて」
「OK! 実は、僕が作ったギター弾きのロボットがあるんだ。『ジャンゴ』って言うんだけど、そのジャンゴと共演ってどうかな?」
「それも聴きたいけど、先ずはあの曲ね。"Tears In Heaven"」
「わかった。……ちょっと待ってね」と僕は立ち止まり、スマートフォンから『ジャンゴ』に指示を出す。
部屋に入って明かりを点けたら、それを合図にジャンゴがイングランド民謡の『グリーンスリーブス』を演奏する。森谷博士のアニマロドロイドやヒューマノドロイドに比べたらなんとも間抜けな、ギターを弾くしか能のないロボットだけれど、きっと愛は喜んでくれるに違いない。僕は確信していた。
マンションは目の前だった。
「ここの2階なんだ。ほんとに狭いからビックリするよ」
「さっき7畳って聞いたから覚悟してる」と愛は笑う。
こぢんまりとしたエントランスを通り抜け、僕たちは足取りも軽やかに階段を上った。
自分の部屋だというのに僕はドキドキしながら鍵を開け、ゆっくりとドアを開く。ブラインドを降ろしてカーテンを閉じたままの部屋は、思った通り真っ暗だ。
先に靴を脱ぐと、僕は愛の手を取って暗い部屋にエスコートした。
照明のスイッチをオンにすると、計画通り窓際からギターをつま弾く音が響き始めた。
「どう? 気に入ってくれた?」と、僕は愛の顔を覗き込む。けれどもなぜか、彼女は表情を強張らせて返事も返さない。
こんな稚拙なロボットじゃ愛は喜ばないか……と、ギター弾きのロボットに哀れみを感じながら、僕はジャンゴをセットした一人掛けのソファに視線を移した。
僕がそこに見たのは、ギターを抱えて得意そうに『グリーンスリーブス』を演奏する優の姿だった。
——了——
自分なら、貴重品は一刻も早く手元に戻したいと思うけれど、それ以上に自分と二人きりになりたいと愛が思ってくれていることが僕は嬉しかった。
歩いている途中で愛のお腹がクゥーと大きな音を立て、僕は我慢できずに吹き出した。
「笑うな!」と愛は睨むが、その顔がまたキュートだ。
「だって、かわいい音がするからさ」
「悠はお腹空かないの? 私、朝ごはん食べてないからもう限界」
「もうお昼だもんね。さっき城山刑事がドアの外で電話してた時にね、僕はカツ丼でも注文してくれるのかと思った」
「カツ丼?」と、愛は不思議そうな顔をする。
「昔の刑事物のテレビドラマって、取り調べとか終わるとカツ丼が出てくるんだよね」
「知らない。そんなの見たことないもん」
イギリス育ちの愛とは、育った環境が違うのは当然だ。まぁ、それも面白い。
「そうだ。お昼食べたらビートルズの『Help!』観てみない?」と僕は提案した。
「観たい! でも、その前に悠の歌とギター聴かせて」
「OK! 実は、僕が作ったギター弾きのロボットがあるんだ。『ジャンゴ』って言うんだけど、そのジャンゴと共演ってどうかな?」
「それも聴きたいけど、先ずはあの曲ね。"Tears In Heaven"」
「わかった。……ちょっと待ってね」と僕は立ち止まり、スマートフォンから『ジャンゴ』に指示を出す。
部屋に入って明かりを点けたら、それを合図にジャンゴがイングランド民謡の『グリーンスリーブス』を演奏する。森谷博士のアニマロドロイドやヒューマノドロイドに比べたらなんとも間抜けな、ギターを弾くしか能のないロボットだけれど、きっと愛は喜んでくれるに違いない。僕は確信していた。
マンションは目の前だった。
「ここの2階なんだ。ほんとに狭いからビックリするよ」
「さっき7畳って聞いたから覚悟してる」と愛は笑う。
こぢんまりとしたエントランスを通り抜け、僕たちは足取りも軽やかに階段を上った。
自分の部屋だというのに僕はドキドキしながら鍵を開け、ゆっくりとドアを開く。ブラインドを降ろしてカーテンを閉じたままの部屋は、思った通り真っ暗だ。
先に靴を脱ぐと、僕は愛の手を取って暗い部屋にエスコートした。
照明のスイッチをオンにすると、計画通り窓際からギターをつま弾く音が響き始めた。
「どう? 気に入ってくれた?」と、僕は愛の顔を覗き込む。けれどもなぜか、彼女は表情を強張らせて返事も返さない。
こんな稚拙なロボットじゃ愛は喜ばないか……と、ギター弾きのロボットに哀れみを感じながら、僕はジャンゴをセットした一人掛けのソファに視線を移した。
僕がそこに見たのは、ギターを抱えて得意そうに『グリーンスリーブス』を演奏する優の姿だった。
——了——