第4話 フォーリンラブ

文字数 2,830文字

 Aiと再会できたのは出会って4日後のことだった。

>Ai 「こんばんは。生きてる?」
>Yu「あ! 生きてるよ。君こそ、ずっと会えないから心配したよ」
>Ai 「ごめんね。ちょっといろいろあってチャットどころじゃなかったの」
>Yu「あの映像見てガッカリしたんじゃないかなって。歌も大したことないし」
>Ai 「何でそんなこと考えるかな? 歌も演奏も凄く良かったよ。2曲めの"Tears In Heaven"(ティアーズ・イン・ヘヴン)って良い歌だよね。父が大好きなの」
>Yu「お父さんとは話が合いそうだね」
>Ai 「でも父の世代は最近の音楽がダメみたい。ところであの映像、歌うシーンになったら急に顔が下半分だけになるのはなぜ?」
>Yu「ギターをちゃんと入れたかったし、顔には自信ないから」
>Ai 「目は口ほどに物を言うって言うでしょ?」
>Yu「歌ってるシーンでじっくり顔見られたらがっかりするかなって」
>Ai 「そんなに自信ないんだったら動画なんかアップしなきゃいいじゃない?」
>Yu「キツいなぁ。ギターは聴いて貰いたいんだ。ちょっとだけ自信があるから」
>Ai 「顔だってそんなに悪くないよ。イケメンかって聞かれたらちょっと考えるけど……。とにかく、次回はちゃんと顔を見せて歌ってください」
>Yu「ハイ。それにしても君は正直だね」
>Ai 「それだけが取り柄。日本的な、空気読むのとかは苦手だけどね」
>Yu「それは僕も同じかな。ところで今大学生だよね?」
>Ai 「九州大学共創学部2年」
>Yu「九州大って国立の?」
>Ai 「そう。悠さんほど優秀じゃないけど」
>Yu「僕は優秀とはほど遠いよ。共創学部って初めて聞くけど、2年ってことは二十歳?」
>Ai 「共創学部のことはネットで調べてね。でも女性に年齢聞くのは失礼よ(笑)」
>Yu「ごめん」
>Ai 「また謝る。冗談だから気にしないで。私はまだ19だし、気にしないから大丈夫だけど、他の人には気をつけてね。日本人は歳に拘りすぎるって思うから」
>Yu「そうだね。テレビとかで○野○子(××歳)なんてね」
>Ai 「でしょ? それ、女性にすごく失礼。イギリスだったらテレビ局を訴える人もいると思う」

 チャットはまだまだ続いたが、なかなか終わりそうもなかったので、互いのメールアドレスを交換したら、その夜に愛からメールが届いた。

「悠さま
 先日に続いて、今日もこんなわがまま娘の相手をしてくれてありがとうございます。
 私の父は、悠さんはご存じだと思いますが、ロボット工学を専門にしている森谷幸弘です。悠さんの東京工業大学には、3年前にお邪魔したことがあります。父が記念講演で大岡山のキャンパスに招待され、私はそのお供でした。
 そこで悠さんのステージを観ました。この間教えて貰った動画を見てすぐに判りました。ステージの最後が同じ曲だったから。『この歌は、エリックが転落事故で亡くなった自分の息子に向けて書いた曲なんだ』って父が教えてくれて、『東工大の学生かな? なかなかギター巧いね』とも言ってました。
 映像を見てそのことを思い出して、嬉しくなってすぐにメッセージ送ろうとしたとき、ふと考えてしまったんです。もしかして、この人は私を私と知ってて、偶然を装ってオープンチャットに来たんじゃないか?
 ごめんなさい。そうじゃないと判ったからこうしてメールしました。チャットだと上手く伝わらないと思ったので。
 兄は、父が役員をしている渋谷の民間企業の研究室にいます。チャットで話したように過干渉で困ってるんですけど、情報系のスペシャリストなので、悠さんのアクセス経路とかいろいろと調べて貰いました。それで、単なる偶然だって判ったんです。
 勝手に疑われて、勝手に調べられて。嫌ですよね、こういうの。私は嫌です。逆の立場だったら絶対に怒る。許さない。
 でも父と同じロボット工学を目指しているあなたならきっと判ってくれると信じてます。信じてるって言うと押しつけがましいですね。願ってますって言った方が正しい?
 気が長くゆったりしてると勝手に期待して、悠さんという名前に甘えてしまって、ごめんなさい。
 もしこんな失礼を許してくれて、わがまま娘とまた話がしたいと思われたらお返事ください。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇  森谷 愛 」

 チャットとは別人のように丁寧な言葉遣いに驚いた。
 誤解は解けて良かった。そもそも誤解されていたことさえ知らなかったけれど、勝手に調べられたことも無実の証明に繋がったわけだし、結果良ければ全てよし? それを言うなら、終わり良ければ……か。でも、これは終わりじゃなく始まりの予感がする。
 講堂の後ろの方から覗き込むように立ち会ったけれど、森谷幸弘博士の講演はよく覚えている。あの日、愛があの場にいたというのは驚きだ。
 偶然というひと言で片付けられないほど、何か目に見えない力を感じることがある。アインシュタインは、量子力学を否定して「神はサイコロを振らない」という言葉を残したが、もし出会いに偶然がないのなら、あの日の僕たちは見えない何かの因子によってオープンチャットに導かれたのだろうか?
 ぼくは工大祭の出来事を思い出しながら、長い長いメールを書いた。

 それ以来、朝夕の挨拶代わりのチャットと、日に一度の往復メールが一週間続き、僕は一度も会ったことのない女の子に恋をしてしまった。
 彼女の名前は愛だから、これは本物の恋愛だ……なんて一人でニヤニヤしながら、久々に幸せな気分に浸っていた。

 愛に写真を送って欲しいと頼んだものの断られ、チャットでその話題になった。

>Yu「ごめん」
>Ai 「また謝った。顔を見たいって言うのがちゃんと目を見て話すのが目的ならわかる。でも写真とか画像って、結局見た目でしょ?」
>Yu「愛のことをもっと近くに感じたいんだ。写真や画像じゃくて、ビデオチャットだったらもっと良い。ちゃんと目を見て話せるから」
>Ai 「わかった」
>Yu「ビデオチャットOK?」
>Ai 「そうじゃなくて、会おうよ。そっちの自粛期間が終わったら」
>Yu「それは嬉しいな。九州まで行くよ」
>Ai 「待って。8月に父が帰国するから、その前に私は東京に行くの。その頃はもう自粛も解除されてるでしょ?」
>Yu「いいね!」
>Ai 「でも、私の姿見て逃げ出さないでね」
>Yu「もしかして、130キロの巨体とか?」
>Ai 「逆に、体重3キロで身長30センチだったら逃げ出す?」
>Yu「いや。もし君がそうだったらすごく失礼だけど、車椅子に乗っていても、手足がなかったとしてもかまわない」
>Ai 「ほんと? じゃ、男だったら?」
>Yu「戸籍は男でも心が女性なら」
>Ai 「すごいな。それじゃアンドロイドでも?」
>Yu「アンドロイドは……うーん、わからない。でもサイボーグなら会いたい」

 そして待っていたその日がやってきた。

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登場人物紹介

Yu=杉本悠

東京工業大学の大学院博士課程でロボット工学を専攻する院生

趣味はギター。彼女いない歴一年のつもりだったが、もしかしたらずっといなかったのか?

Ai=森谷愛

英語と日本語を完璧にこなすバリンガル

九州大学共創学部2年に在学中で、父親はロボット工学の森谷幸弘、母親はイギリス人と言うが真相は?

森谷優

愛の兄で、悠と同い年という

AIを駆使し、高度な技術を持つミステリアスな存在


森谷幸弘

愛と悠の父親で、イギリス在住のロボット工学の権威

アンドロイドやヒューマノイドを超え、人と見分けがつかないヒューマノドロイドを開発していると言われる

坂井刑事

警視庁目黒警察署に勤務する刑事

城山刑事

警視庁目黒警察署の新人刑事

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