第3話 スパイス・ガール

文字数 3,032文字

>Ai 「愛です。よろしく」
>Yu「友だち申請ありがとう。こちらこそよろしく」
>Ai 「こういうの初めて。私、出会い系とか苦手だから」
>Yu「僕もそうだよ。ただもっと話したいと思っただけ」
>Ai 「それならよかった」
>Yu「アイは愛って書くんだね」
>Ai 「そう。兄は優って書くの」
>Yu「優なんだ。お兄さんは名前どおり優しい?」
>Ai 「とにかくめんどくさい。過干渉でもう勘弁してって感じ」
>Yu「妹が可愛いんじゃない?」
>Ai 「大事にはしてくれてるけど。早く恋人でも奥さんでも作ってってリクエストしてるとこ。ところでそちらのYuさんは?」
>Yu「4つ上の兄がいる。男兄弟だよ」
>Ai 「じゃなくて、ユウの字」
>Yu「あ、そっちね。ごめん。ユウは悠久の悠」
>Ai 「悠か……そっちのほうが束縛されないかな?」
>Yu「僕とだったら悠&愛だ。(笑)」
>Ai 「なにそれ。お祖父ちゃんお祖母ちゃんの結婚式アルバムのタイトルみたい」
>Yu「あははは。結構スパイス効いてるね」
>Ai 「私のは愛あるスパイス。Spice you up with my love.」
>Yu「愛あるスパイスか。ところで今なにか聴いてる? スパイス・ガールズとか?(笑)」
>Ai 「いくらなんでもそれ古すぎるでしょ?」
>Yu「発言がジジくさいってよく言われる」
>Ai 「だろうね」
>Yu「でも知ってて良かった」
>Ai 「イギリスの子なら名前は知ってるけど……。今聴いてるのはインターネットラジオ。さっきまでは映画観てた。悠は?」
>Yu「ずっとビートルズ聴いてるけど。今ちょうど『イエスタデイ』がかかったところ」
>Ai 「これまた懐古趣味だこと」
>Yu「でも、みんな聴くでしょ?」
>Ai 「もちろん私も聴くけど、もう半世紀以上前の音楽だよ」
>Yu「そうだね。実は……なんと、最近手に入れたレコードプレイヤーで聴いてるんだ。アナログ盤のLPで、今はB面なんだよね」
>Ai 「じゃ、アルバムは『Help!』ね?」
>Yu「よく知ってるね!?」
>Ai 「私、"I need you"が好き。あの曲、あのアルバムの中では一番のヘタレでしょ?」
>Yu「僕の好きなジョージ・ハリソンの曲だけど、ヘタレって、なかなか辛辣だなぁ(笑)」
>Ai 「私にとっては褒め言葉。あの曲はアルバムの最初の方だから、レコードだとA面になるの?」
>Yu「うん、そうだね。このアルバム、映画のサウンドトラックって知ってた?」
>Ai 「へぇ? ビートルズの映画?」
>Yu「そうか。知らないんだ。もう60年も前の映画だもんね」
>Ai 「悠さん、ほんとは70歳? そう言えば、何年か前に『イエスタデイ』って映画あったね」
>Yu「ダニー・ボイル監督だよね。それで、今日観てたのはどんな映画?」
>Ai 「もう10年以上前のだけど『インターステラー』って知ってる? 監督はクリストファー・ノーラン。ダニー・ボイル知ってるなら、もちろん知ってるよね?」
>Yu「めちゃくちゃ好きな映画だよ。5回以上は観たかな」
>Ai 「私は1回観れば充分。私のカウンターは2回までしか働かないの」
>Yu「面白いこと言うね。でも、好きな映画は何度観てもいいよ」
>Ai 「『インターステラー』は父が大好きなんだ。たぶん父は何度も観てるけど、私はロンドンにいたときに両親と一緒に観たの。まだ子供の頃だったから、もう一度ちゃんと観ておきたくて。今日が2回目のフルカウント」
>Yu「ロンドンに住んでたの?」
>Ai 「母の出身地だから」
>Yu「もしかして、ハーフ?」
>Ai 「その言い方嫌い。私はHalfじゃなくてDual。Dual nationalityよ。二重国籍って日本語もなんか(いや)だけど。母はね、『この映画はなんでアメリカが舞台なんだろう?』って言ってたの。監督はイギリス人じゃない?」
>Yu「アメリカ人からすると、なんで『バットマン』をイギリス人に撮らせたんだ? って言うかも知れないよ」
>Ai 「なるほど……そういう見方もあるか」
>Yu「ところで、父母(ちちはは)って言うんだね」
>Ai 「その辺は両親にみっちり仕込まれたから。母は流暢な日本語話すよ」
>Yu「流暢なんて単語、日本で生まれ育った大学生だってなかなか出てこない」
>Ai 「それは本読まなかったり勉強してないからでしょ? 日本の大学生は呆れるほど勉強しないよね」
>Yu「同感。ところで、さっきの『インターステラー』の話だけど、あの映画はNASAが出てくるから仕方ないかな? まぁ、アメリカで作るのはハリウッドが映画の中心だからだよね」
>Ai 「ヒッチコック、リドリー・スコット、トニー・スコット……みんなアメリカで仕事したでしょ? それが母は残念だったみたい」
>Yu「逆にスタンリー・キューブリックはアメリカ人なのにイギリスで映画作ったよね」
>Ai 「へぇ? そうなんだ。イギリス人だと思ってた」
>Yu「まぁ、同じ英語圏だから行き来しやすいんだろうね」
>Ai 「同じ英語圏か。英語と米語はかなり違うけどね」
>Yu「それにしても、21世紀生まれとは思えないほど20世紀の映画監督とかよく知ってるね」
>Ai 「それはお互いさま。……ちょっと待ってね」

 ちょっとの筈が、このままいなくなってしまうかと思うほど長い時間が流れた。

>Ai 「友だちからメールが来た。そろそろ出かけるね。これから買い物なんだ。時間があったらもう少し音楽の話をしたかったな」
>Yu「映画の話ばかりでごめんね」
>Ai 「なんで謝るの? 映画の話を始めたのは私だし、楽しかったよ」
>Yu「良かった。明日もまた話せる?」
>Ai 「その予定」
>Yu「あ、そうだ。ギターを弾いて歌ってる映像があるからURL教えるね」
>Ai 「へぇ? それ見て恋に落ちちゃったらどうする?」
>Yu「それはあり得ない!(笑) 自慢できるような顔じゃないし、声も似たようなもの」
>Ai 「冗談よ。よく、チャットとかネットで知り合って、顔も知らないのに恋に落ちちゃう話とか聞くけど、絶対あり得ないよね」
>Yu「ほんと。絶対ないね」
>Ai 「じゃ、あとで観てみるね」
>Yu「ありがとう」
>Ai 「CU(シーユー)」

 その夜、動画にイイネが付いていた。きっと愛が見てくれたんだろうと嬉しくなったが、僕の勘違いだったらしい。

 翌日、少し早めの時間にAiにメッセージを送って一日待ったが、結局深夜遅くまで返事は来なかった。
 もしかしたら、歌や演奏を見てがっかりしたんだろうか? と考えたら少し落ち込んだ。辛口の批評も喜んで受け入れるが、無言で去られるのは一番辛い。
 チャットで意気投合しても、再会できることは滅多にない。特に相手が女の子の場合はなおさら。ネットにはとんでもない悪人や変質者もいるから仕方ない。こういうのも一期一会って言うのだろうか。
 ずっと付き合ってるつもりだった子が他の男と付き合い始め、「私たち親友同士じゃなかったの?」と言われたのが去年の夏。それからもう1年が経つ。長いこと彼女らしい相手がいないから、こんな思いになるのだろうか?
 愛は少し辛口だけど、根は良い子かも知れない。そう思ったら、なんだか急にまた会いたくなった。
 おいおい、お前はネットに出会いを求めているのか? と自分に突っ込みたくなる。愛が女の子である確証など、どこにもないのだし。


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登場人物紹介

Yu=杉本悠

東京工業大学の大学院博士課程でロボット工学を専攻する院生

趣味はギター。彼女いない歴一年のつもりだったが、もしかしたらずっといなかったのか?

Ai=森谷愛

英語と日本語を完璧にこなすバリンガル

九州大学共創学部2年に在学中で、父親はロボット工学の森谷幸弘、母親はイギリス人と言うが真相は?

森谷優

愛の兄で、悠と同い年という

AIを駆使し、高度な技術を持つミステリアスな存在


森谷幸弘

愛と悠の父親で、イギリス在住のロボット工学の権威

アンドロイドやヒューマノイドを超え、人と見分けがつかないヒューマノドロイドを開発していると言われる

坂井刑事

警視庁目黒警察署に勤務する刑事

城山刑事

警視庁目黒警察署の新人刑事

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