第7話 仮説
文字数 2,413文字
僕は仮説を立ててみた。
——優はアンドロイドである
もしそうであれば、まるでプロセッサーと直接会話するように機械語を打ち込んでいた彼の人間離れした能力も納得できる。しかし、昨日会った優は外見もその動きも全く不自然さが見られなかった。もし彼がアンドロイドなら、森谷博士の言うヒューマノドロイドに他ならない。
そして、優が見せたチャットプログラムは偽物の愛ということになる。
しかしその場合、ほんものの愛はいったいどこにいるというのだ?
一方で疑問も残る。それほどの研究成果を世間に一切発表せずにいられるものだろうか? 少なくとも学会では何らかの発表があって然るべきだ。
もう一つの仮説。
——愛はAIである
信じたくはないが、実在する愛に会っていない以上、客観的に見れば一番反証が難しい。
少し落ち着いた僕は、あらためて森谷優の背景を調べてみることにした。
もし優の言うとおりに、あの若さでそんな画期的なAIのシステムを完成させた人物なら、必ず論文の一つや二つは発表しているはずだ。しかし、どこを探してもそれに類するような研究に優の名前はない。
森谷優の名前は東大の研究室のブログに載っていたが、そこにはこう書かれていた。
『今日は森谷幸弘博士のご長男、優さんが研究室に遊びに来てくれました。彼は森谷先生のヒューマノドロイド研究のアシスタントを務めています』
エンジニアでもリサーチャーでもなくアシスタントという肩書きに何か違和感を覚える。
父親の森谷幸弘をウィキペディアで調べると、「長男の森谷優もロボット工学のエンジニア」とは書いてあるが、優の出身大学や学位のことは記載されていない。そして、もちろん愛のことも何も記されてはいなかった。
森谷幸弘の父親、つまり優たちの祖父は、その昔東工大の教授を務めていた森谷正弘教授。ロボット研究の第一人者として我々の世界に知らぬ者はいない世界的オーソリティーで、僕自身もその森谷教授の著書を読んでロボット工学に憧れを抱いた一人だ。
森谷幸弘氏が役員を務める渋谷の会社はすぐに判明した。ゼタ・システムズというその会社のWEBサイトを見る限り、クラウドコンピューティングを利用してAIビジネスを展開している企業のようだ。この会社が提供するAIが、チャットシステムで見せられたAiの正体なのだろうか?
優の名刺に載っているメールアドレスのドメイン名は、ゼタ・システムズのドメインとは全く異なっていたが、住所はピタリと一致する。早速電話をかけてみたが、電話口には誰も出ずに夏期休暇中のメッセージが流れているだけだった。
"Yukihiro Moritani Family"と入力して画像を検索すると、古い教会の前で撮られた家族の写真が見つかった。そこには優と両親が写っている。愛の言葉通りであればイギリス生まれという母親はかなりの美人だ。優は十代後半くらいか? 年齢差を考えたら愛はもう10歳は過ぎているはずだが、そこにその姿はない。
検索画面をずっと下の方にスクロールしていくと、一枚だけ優の場所に女の子が写っている写真が見つかった。中学生くらいだろうか? 今までの人生で出会ったことがないほどの美少女だ。
これが愛だ……と僕は直感した。
二枚の画像を重ねてみると、2人の子供以外は寸分の狂いもなく、愛と優だけが綺麗に入れ替わっている。どちらかが本物で、どちらかが加工された画像だ。
フェイク画像を判定するオンラインプログラムに両方の画像を入力すると、どちらも「真正な写真」と表示される。いったいどういうことだ?
その夜、もう一度検索すると愛らしい少女が写った写真はサムネイルだけでリンク先が消え去っていた。
身震いがした。僕は何かの事件にでも巻き込まれているのだろうか?
朝、Macを開いたら「研究室内で再び感染症の疑いがあるメンバーが出たため、結果が判明するまで研究室を封鎖する」というメールが入っていた。
そしてもう一通、優からのメールが届いていた。
「悠さま
私たちのことをいろいろ調べているようですね。
家族の画像があったでしょう? 両親と愛が写った写真ですがあれは私が自分の位置にCGで作った愛の画像を合成してインターネットに仕掛けたものです。でもフェイクだとは絶対にわからないはずです。悠くん以外に愛と親しくなった人がもう一人いてその人を信じさせるために作った画像です。それを偶々あなたが目にしたのです。でももう必要なくなったので昨日削除しておきました。
⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿ 森谷優 」
愛から受け取ったメールと殆ど同じフォーマットだ。僕は愛の最初のメールに書かれていたことを思い出した。
——情報系のスペシャリストなので、悠さんのアクセス経路とかいろいろと調べて貰いました。
僕の動きは全て優の手の内だ。優にハッキングされ、トレースされているに違いない。僕はセキュリティーソフトの記録を確認し、ここ数日のネットワークの経路を調査しようとした。しかし、優秀なハッカーなら自分の足跡は綺麗に消し去ってしまう。こんなときは、アナログ的な方法が一番確実と、僕はMacの電源を切って、電源ケーブルをコンセントから抜き、スマートフォンも電源をOFFにして机の引出に入れた。
いったい誰に相談したらいいのだろう?
僕が住んでいる目黒区の警察署には兄の同級生がいる。兄とは疎遠になっていたから訪ねたこともなかったが、同郷で同級生の弟となれば、或いは助けてくれるかもしれない。
しかし、なんと言って相談する? まだ僕は何も被害を受けてはいない。
いろいろ考えると、何が何だかわからなくなってくる。こういうときは遠い宇宙に逃避するのが一番と、僕は愛と出会った日に彼女が観ていた『インターステラー』をブルーレイで鑑賞した後、ブラックホールやワームホールに関する書籍に読み耽った。
——優はアンドロイドである
もしそうであれば、まるでプロセッサーと直接会話するように機械語を打ち込んでいた彼の人間離れした能力も納得できる。しかし、昨日会った優は外見もその動きも全く不自然さが見られなかった。もし彼がアンドロイドなら、森谷博士の言うヒューマノドロイドに他ならない。
そして、優が見せたチャットプログラムは偽物の愛ということになる。
しかしその場合、ほんものの愛はいったいどこにいるというのだ?
一方で疑問も残る。それほどの研究成果を世間に一切発表せずにいられるものだろうか? 少なくとも学会では何らかの発表があって然るべきだ。
もう一つの仮説。
——愛はAIである
信じたくはないが、実在する愛に会っていない以上、客観的に見れば一番反証が難しい。
少し落ち着いた僕は、あらためて森谷優の背景を調べてみることにした。
もし優の言うとおりに、あの若さでそんな画期的なAIのシステムを完成させた人物なら、必ず論文の一つや二つは発表しているはずだ。しかし、どこを探してもそれに類するような研究に優の名前はない。
森谷優の名前は東大の研究室のブログに載っていたが、そこにはこう書かれていた。
『今日は森谷幸弘博士のご長男、優さんが研究室に遊びに来てくれました。彼は森谷先生のヒューマノドロイド研究のアシスタントを務めています』
エンジニアでもリサーチャーでもなくアシスタントという肩書きに何か違和感を覚える。
父親の森谷幸弘をウィキペディアで調べると、「長男の森谷優もロボット工学のエンジニア」とは書いてあるが、優の出身大学や学位のことは記載されていない。そして、もちろん愛のことも何も記されてはいなかった。
森谷幸弘の父親、つまり優たちの祖父は、その昔東工大の教授を務めていた森谷正弘教授。ロボット研究の第一人者として我々の世界に知らぬ者はいない世界的オーソリティーで、僕自身もその森谷教授の著書を読んでロボット工学に憧れを抱いた一人だ。
森谷幸弘氏が役員を務める渋谷の会社はすぐに判明した。ゼタ・システムズというその会社のWEBサイトを見る限り、クラウドコンピューティングを利用してAIビジネスを展開している企業のようだ。この会社が提供するAIが、チャットシステムで見せられたAiの正体なのだろうか?
優の名刺に載っているメールアドレスのドメイン名は、ゼタ・システムズのドメインとは全く異なっていたが、住所はピタリと一致する。早速電話をかけてみたが、電話口には誰も出ずに夏期休暇中のメッセージが流れているだけだった。
"Yukihiro Moritani Family"と入力して画像を検索すると、古い教会の前で撮られた家族の写真が見つかった。そこには優と両親が写っている。愛の言葉通りであればイギリス生まれという母親はかなりの美人だ。優は十代後半くらいか? 年齢差を考えたら愛はもう10歳は過ぎているはずだが、そこにその姿はない。
検索画面をずっと下の方にスクロールしていくと、一枚だけ優の場所に女の子が写っている写真が見つかった。中学生くらいだろうか? 今までの人生で出会ったことがないほどの美少女だ。
これが愛だ……と僕は直感した。
二枚の画像を重ねてみると、2人の子供以外は寸分の狂いもなく、愛と優だけが綺麗に入れ替わっている。どちらかが本物で、どちらかが加工された画像だ。
フェイク画像を判定するオンラインプログラムに両方の画像を入力すると、どちらも「真正な写真」と表示される。いったいどういうことだ?
その夜、もう一度検索すると愛らしい少女が写った写真はサムネイルだけでリンク先が消え去っていた。
身震いがした。僕は何かの事件にでも巻き込まれているのだろうか?
朝、Macを開いたら「研究室内で再び感染症の疑いがあるメンバーが出たため、結果が判明するまで研究室を封鎖する」というメールが入っていた。
そしてもう一通、優からのメールが届いていた。
「悠さま
私たちのことをいろいろ調べているようですね。
家族の画像があったでしょう? 両親と愛が写った写真ですがあれは私が自分の位置にCGで作った愛の画像を合成してインターネットに仕掛けたものです。でもフェイクだとは絶対にわからないはずです。悠くん以外に愛と親しくなった人がもう一人いてその人を信じさせるために作った画像です。それを偶々あなたが目にしたのです。でももう必要なくなったので昨日削除しておきました。
⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿⊿ 森谷優 」
愛から受け取ったメールと殆ど同じフォーマットだ。僕は愛の最初のメールに書かれていたことを思い出した。
——情報系のスペシャリストなので、悠さんのアクセス経路とかいろいろと調べて貰いました。
僕の動きは全て優の手の内だ。優にハッキングされ、トレースされているに違いない。僕はセキュリティーソフトの記録を確認し、ここ数日のネットワークの経路を調査しようとした。しかし、優秀なハッカーなら自分の足跡は綺麗に消し去ってしまう。こんなときは、アナログ的な方法が一番確実と、僕はMacの電源を切って、電源ケーブルをコンセントから抜き、スマートフォンも電源をOFFにして机の引出に入れた。
いったい誰に相談したらいいのだろう?
僕が住んでいる目黒区の警察署には兄の同級生がいる。兄とは疎遠になっていたから訪ねたこともなかったが、同郷で同級生の弟となれば、或いは助けてくれるかもしれない。
しかし、なんと言って相談する? まだ僕は何も被害を受けてはいない。
いろいろ考えると、何が何だかわからなくなってくる。こういうときは遠い宇宙に逃避するのが一番と、僕は愛と出会った日に彼女が観ていた『インターステラー』をブルーレイで鑑賞した後、ブラックホールやワームホールに関する書籍に読み耽った。