第2話 ヒア・カムズ・ザ・サン
文字数 1,769文字
研究者を目指す人間は、寝食を忘れて研究室に籠もることもよくあるが、ときには息抜きも必要だ。勉強と研究に明け暮れる日常生活の中で、僕の一番の楽しみはギターと歌だった。高校時代はどれだけ練習してもまるで上手くならなかったギターテクニックは、退院後にリハビリを兼ねて練習し始めたら別人のように上達して、工大祭のステージでは何度も喝采を浴びた。
この三年、オンライン家庭教師のアルバイトで貯めた資金で材料を買い集め、長い休みも実家には帰らずにギター弾きロボットの開発を進めた。上半身だけなので歩くことは出来ないが、いずれ完成した暁にはイベントで引っ張りだこになって、僕のアルバイト以上に稼いでくれるはずだ。僕はそのロボットに、ジプシーの血を引く偉大なジャズギタリストの名前を拝借して『ジャンゴ』と名付けた。
研究室に長く籠もった後は、気晴らしにジャムセッションに出向いて身と心を解放することを習わしにしていたが、自分自身が自宅待機となってしまったら、店に顔を出すわけにもいかない。
僕たち七人全員、検査結果は陰性だったが、二週間の自宅待機は継続されることになった。
自室に籠もっている間に、積ん読だったAI関係の専門書は殆ど読破し、気晴らしのゲーム三昧に厭きてきた頃からまたギターをつま弾き始めた。ありがたいことに、僕のマンションはわずか七畳のワンルームながら防音処理が施されているため、ギターの弾き語りくらいなら近所迷惑にはならない。
いずれジャンゴとも共演したいが、一般公開するにはまだまだ改良が必要。先ずは僕一人弾き語りする動画をアップすることにした。もしかしたらセッション仲間がベースやドラムの動画を重ねてくれるかもしれない。
カメラを自分の前にセットして自己紹介動画を撮り終えると、スマートフォン用に開発したリモートソフトを起動し、カメラを載せた雲台の位置を微調整する。ギターを弾きながら歌う自分の姿を全部収めようとすると、背景に余計なモノが映ってなかなかアングルが決まらない。最終的にギター中心にフレームを固定して、僕は録画をスタートした。顔は口元しか写らないが、その分緊張も半減するから気は楽だ。
ビートルズの『ヒア・カムズ・ザ・サン』と、エリック・クラプトンの『ティアーズ・イン・ヘヴン』を2曲連続で弾き語りした後、僕は一呼吸入れて1曲ずつバラバラに何度か録り直した。けれども、聴き直してみると結局一番最初の収録がどちらもベストテイクだった。
映像を編集して動画サイトにアップすると、手に入れたばかりのレコードプレイヤーでビートルズのアルバムをかけ、洋楽専門のオープンチャットを探した。チャットは気晴らしになるし、動画を告知するきっかけにもなる。
初めて訪れたオープンチャットで、Aiというハンドルネームの女の子と出会った。彼女は九州に住む大学生。そして、東京にいるお兄さんの名前は僕と同じユウなのだ。
オープンチャットで会話しているのは二人だけだったが、他に誰が潜んでいるかわからない。プライベートな話になりそうだったので、そのまま話し続けることを彼女は嫌がった。けれども、出会い目当ての防止策か、オープンチャットから一対一のプライベートチャットに切り替えることは出来なかったから、僕は別のSNSのユーザー名をAiに教えてリクエストを待った。
再生していた『Help!』のA面が終わった。
大事なレコードに指紋が付かないよう、僕はアナログレコード専用のロボットアームを作り、再生音がなくなると自動でレコードを裏返すようにプログラムした。
それなのに、中古で手に入れたレコードプレイヤーは、オートリターン機能が故障しているらしく、演奏が終わっても自動でトーンアームを戻さずに、プチッ、プチッとノイズを出し続けている。肝心のプレイヤーがうまく動いてくれなければ、ロボットもお手上げだ。仕方なく僕は手動でトーンアームを戻し、ようやくロボットアームがレコード盤をひっくり返した。
B面の演奏が始まって、しばらく待っていたが、Aiからは何も送られてこない。
出会い目当てと誤解されて避けられたのかもしれない……と諦めかけた頃、やっとAiからの友だち申請メールを受信した。急いで承認すると、早速プライベート・チャットのメッセージが届いた。
この三年、オンライン家庭教師のアルバイトで貯めた資金で材料を買い集め、長い休みも実家には帰らずにギター弾きロボットの開発を進めた。上半身だけなので歩くことは出来ないが、いずれ完成した暁にはイベントで引っ張りだこになって、僕のアルバイト以上に稼いでくれるはずだ。僕はそのロボットに、ジプシーの血を引く偉大なジャズギタリストの名前を拝借して『ジャンゴ』と名付けた。
研究室に長く籠もった後は、気晴らしにジャムセッションに出向いて身と心を解放することを習わしにしていたが、自分自身が自宅待機となってしまったら、店に顔を出すわけにもいかない。
僕たち七人全員、検査結果は陰性だったが、二週間の自宅待機は継続されることになった。
自室に籠もっている間に、積ん読だったAI関係の専門書は殆ど読破し、気晴らしのゲーム三昧に厭きてきた頃からまたギターをつま弾き始めた。ありがたいことに、僕のマンションはわずか七畳のワンルームながら防音処理が施されているため、ギターの弾き語りくらいなら近所迷惑にはならない。
いずれジャンゴとも共演したいが、一般公開するにはまだまだ改良が必要。先ずは僕一人弾き語りする動画をアップすることにした。もしかしたらセッション仲間がベースやドラムの動画を重ねてくれるかもしれない。
カメラを自分の前にセットして自己紹介動画を撮り終えると、スマートフォン用に開発したリモートソフトを起動し、カメラを載せた雲台の位置を微調整する。ギターを弾きながら歌う自分の姿を全部収めようとすると、背景に余計なモノが映ってなかなかアングルが決まらない。最終的にギター中心にフレームを固定して、僕は録画をスタートした。顔は口元しか写らないが、その分緊張も半減するから気は楽だ。
ビートルズの『ヒア・カムズ・ザ・サン』と、エリック・クラプトンの『ティアーズ・イン・ヘヴン』を2曲連続で弾き語りした後、僕は一呼吸入れて1曲ずつバラバラに何度か録り直した。けれども、聴き直してみると結局一番最初の収録がどちらもベストテイクだった。
映像を編集して動画サイトにアップすると、手に入れたばかりのレコードプレイヤーでビートルズのアルバムをかけ、洋楽専門のオープンチャットを探した。チャットは気晴らしになるし、動画を告知するきっかけにもなる。
初めて訪れたオープンチャットで、Aiというハンドルネームの女の子と出会った。彼女は九州に住む大学生。そして、東京にいるお兄さんの名前は僕と同じユウなのだ。
オープンチャットで会話しているのは二人だけだったが、他に誰が潜んでいるかわからない。プライベートな話になりそうだったので、そのまま話し続けることを彼女は嫌がった。けれども、出会い目当ての防止策か、オープンチャットから一対一のプライベートチャットに切り替えることは出来なかったから、僕は別のSNSのユーザー名をAiに教えてリクエストを待った。
再生していた『Help!』のA面が終わった。
大事なレコードに指紋が付かないよう、僕はアナログレコード専用のロボットアームを作り、再生音がなくなると自動でレコードを裏返すようにプログラムした。
それなのに、中古で手に入れたレコードプレイヤーは、オートリターン機能が故障しているらしく、演奏が終わっても自動でトーンアームを戻さずに、プチッ、プチッとノイズを出し続けている。肝心のプレイヤーがうまく動いてくれなければ、ロボットもお手上げだ。仕方なく僕は手動でトーンアームを戻し、ようやくロボットアームがレコード盤をひっくり返した。
B面の演奏が始まって、しばらく待っていたが、Aiからは何も送られてこない。
出会い目当てと誤解されて避けられたのかもしれない……と諦めかけた頃、やっとAiからの友だち申請メールを受信した。急いで承認すると、早速プライベート・チャットのメッセージが届いた。