深夜の迷子センターに、幼い魔女の泣き声が轟いた。外の楽しげな音楽をもかき消すようなその泣きっぷりに、私たち迷子センターの係員は困り果てていた。
「お、お嬢ちゃ~ん。君のお名前聞かせてくれないかな~。あとお年と、出来ればお母さん化お父さんのお名前も~……」
私は必至で笑顔を取り繕いながら、少女にそう尋ねる……のも、これでもう6回目。泣き止んでくれないどころか、だんだん泣き方が大胆になっていく。魔女の帽子を振り乱しながら泣く。きっと私の声は聞こえていないに違いない。
「大丈夫だよ~お姉さんたちが、お母さんを見つけてあげるからね~だからお名前と、お年を聞かせてね~」
「おい、ミレイ」
私が7回めの質問をしたとき、少女をあやしていたフランケンシュタイン――ではなく、同じ係員の間宮が口を開いた。
「ひとつ、この幼女に聞き忘れていることがあるぞ」
「なによ。マニュアルにも『まずは名前と年齢を訊くべし』書いてある……ってか幼女いうな」
「ここに来て3カ月経ったが、まだまだ甘いぞ、ミレイ。すべてがマニュアル通りにいくと思うなよ。なぁ、幼女」
この男、一応私と同期なのだけど、発言がとにかく気持ち悪い。真顔で言うところが特に気持ち悪い。こいつを迷子センターの係員に
しておくと、いつかとんでもない犯罪をやらかしそうで恐ろしい。
「……で? 私が、この子に何を聞いてないってのよ。変なこと言ったらあんたをジェットコースターのレールに敷くわよ」
「別に変なことじゃないさ。お前が聞き忘れていること……それは、この幼女のスリーサイズだ」
あたりは沈黙に包まれた。いつの間にか少女も泣き止んで、ゴミを見る目で間宮を凝視している。そうだよね、不快だよね。私もそうだよ。今からこいつをジェットコースターの一部にしてくるからね。
「おいコラ間宮ァ……」
「――というのは冗談だ」
殺気を出して詰め寄る私を押し返して、間宮はいつも通りの真顔で言った。
「ほら、ハロウィンの時だけ迷子への質問が増えるってやつ、覚えてないか? 確かマニュアルの1375ページに載ってたと思うんだが……」
「長ッ! そんなところまで詳細に見てないわよ……」
「マニュアルを見ることしか能がないと思ていたが、マニュアルを見る能もないんだな」
「やかましいわ! ちょっと見てくるから、その子頼んだわよ」
私は、ロッカールームに置いてある分厚いマニュアルを見に行くため、少女がいる待機部屋を後にした。
「まったく、なんなのよあの男は。まだ幼いとはいえ女に子にスリーサイズを訊こうとするなんて。控えめに言って最低ね……お、あったあった」
ロッカールームの机の上に、厚さが私の顔ほどあるマニュアルが置いてあった。相変わらず分厚い。見ただけで読む気が失せる。でも、自分の成長のためだ。
「えーと、1375ページ……これね」
……迷子センター係員は、保護したお子様に必ず『この世の者か否か』を尋ねてください。これは、ハロウィンの日にのみ適用されます
「なによ、この変なルールは。バッカみたい」
私はマニュアルを閉じると、急ぎ足でロッカールームから出た。あの子と間宮を二人にさせたら、何が起こるかわかったものじゃない。
「戻ったわよ。なんなの、あれは。意味わからなかったんだけど」
「そうか、わからなかったか。まぁ、それでいいんじゃないのか?」
間宮は、待機部屋の掃除をしながら言った。さっきまで少女がいたソファには、もう誰もいなくなっている。
「あら、あの子、親御さんが迎えに来たの?」
「いや?」
掃除の手を止めて、間宮は私をまじまじと見つめた。
「お前も見えなくなったか。よかったよかった」
「はぁ? 見えなくなったって……なんのことよ」
「今はもう祓ったからいなくなったけど、あの幼女、きっとこの世のもんじゃない」
実際、リストバンドもしてなかったしな、と間宮は続けた。
「え、ってことは、あの子は、おば……おば……」
「だから言っただろ? すべてがマニュアル通りにいくと思うなよ、ってな……」