「オープニング」秋永真琴
私はどっちかっつーと、仮装をして渋谷に集まってバカ騒ぎに乗じるような人間を苦々しく思うほうなんだけど、うっかり遊園地に就職してしまった以上、そういう暗い価値観は脇へどかして、光の道を歩まねばなりません。
ゾンビやフランケンシュタイン・モンスターのメイクをした学生の集団、流行りのお笑い芸人の格好をしたカップル、子どもに白い布をかぶせてかわいいオバケにした親子連れ、アニメやゲームのキャラの衣装を作りこんだ本格派のコスプレイヤーたち――さまざまな仮装のお客さまが、入場券の自動販売機に並んでいる。
券売機のそばに控えている私たちスタッフも、定番の魔物の格好をしている。
とんがり帽子とケープを身に着けた私は、お客さまが買った入場券と引き換えに、フリーパス代わりのリストバンドを渡す。留め具がカボチャのランタンのかたちをした、今日だけの特別仕様である。
ハロウィン・ナイト・パーク。なんらかの仮装をしたひとは入場料が半額になる、年に一度のスペシャル・デイなのだ。
軍服みたいなジャケットとスカートを着て厚底のブーツを履いた、ゴシックでパンクな装いの女の子が「あの、普段着なんですけど――」と、正直に申し出てくれる。ぜんぜんオッケーです。
「悪の科学者のコスプレです」と言い張るのは、リアルな仕事着とおぼしきくたびれた白衣を羽織っただけの中年男性ふたり組。なんかの研究者なのは本当かもしれない。その心意気に応えましょう。
ほんとうに何も着けてこなかったひとにも、簡単なカツラや、浮かれたデザインの伊達眼鏡を貸し出している。要するに、仮装の基準はとってもゆるいのだ。
行列から「毎年、この中に本物の妖怪が混ざってるらしいよ」「まじで。そんなわけないじゃん」「わかんないよ」「どんなモンスターよりいちばん恐ろしいのは人間である」「ありがち!」なんて、にぎやかな会話が聞こえてくる。いいんじゃない。条件は仮装していることだけで、種族は問いません。お金を払って楽しく遊んでくれるなら、お客さまには変わりない。
どれが「本物」かな――なんて目を凝らしていた私の前に、タキシードを着た男のひとが立った。
私は息を呑んだ。痩せて頬骨の高い顔は、よく見知ったものだった。
「いらっしゃいませ! お客さまは、何の仮装をなさっておられますか?」
努めて、私は遊園地のスタッフにふさわしい朗らかな声を出した。
「彩乃」
と、有治が私の名前を呼んだ。
「何の仮装か、お聞かせ願えますか」
声が震えるのを抑え、身体の陰で手をギュッと握りしめて、ふたたび訊く。何ごとかと、他のお客さまたちの視線が私と有治に集まってくる。
「結婚式の新郎です」
そう答えて、有治はふところに手を入れ、ビロードの小箱を取り出した。もう片方の手でうやうやしく蓋を開けると、金色の指輪が収まっている。
「仮装じゃなく、本物の新郎にしてほしい」と、有治はいった。
周りが大きくどよめいた。「サプライズだ」「遊園地のお姉さんにプロポーズだ」なんて言葉が聞こえてくる。スマホのカメラを向けてくるひとがいる。
こみあげるものを押し殺して、私は有治を見つめた。決して端整ではないけれど、学生時代からたくさんの女の子を惹きつけてきた顔。私も好きだった顔。
「彩乃、長い間待たせてごめん」
「有治……」
想いが溢れて、もう限界だった。私は顔を伏せて、券売機の陰に駆けこんだ。
戻ってきた私を見て、お客さまのどよめきがいっそう高まった。同僚のスタッフたちもあぜんとしている。
「あ、綾乃?」
戸惑いと怯えに揺れる有治の目は、私が手にした大鎌を映していた。私の身長より長い柄に、三日月のような刃がついている。死神がよく持っているアレだ。
「五十万円。返して」
私の声はどろどろと地を這った。有治はこくりと肯いて、
「大丈夫。ちゃんと返す。プロブロガーの友だちといっしょに『働かないで生きていく研究所』というオンラインサロンを始めたんだ。会員が集まればすぐに――」
私は大鎌を右から左へ振り回した。「ひゃあっ」と尻もちをついた有治の前髪が、風に吹かれてパラパラと飛んでいく。
「私が働いて稼いだお金をかすめとってやることがそれか。風刺が利きすぎでしょ」
「よかったら綾乃も会員にならないか。ふたりで勝ち組になろう」
「五十万円、持ってきて。あらゆる話はそれから聞こう」
「わ、わかった」
限界を超えて溢れる私の憤怒を浴びて、有治は転がるように逃げていった。
お客さまから歓声と拍手が沸いた。「凄いぞ、お姉さん!」「かっこいい!」「入場前にスペシャルなショーを観た!」「動画、ネットに上げるね!」
「や、どーもどーも」と、ペコペコと頭を下げながらふたたび券売機の陰に隠れて、私は大鎌を戻した。どこに戻したのかは、私にもよくわからない。とにかく念じればいつでも喚び出せるし、消せる。今の格好もそうやって喚び出したものだ。
スタッフの私がこうなのだから、今宵、この遊園地にどんなモノが来ていたって不思議はないだろう。いいんじゃない。条件は仮装していることだけで、種族は問いません。お金を払って楽しく遊んでくれるなら、お客さまには変わりない。
気を取り直して、リストバンドの交換の仕事に戻る。
私はハロウィンのバカ騒ぎに乗じる人間を苦々しく思うほうなんだけど、遊園地で楽しそうにしている人間たちを見るのは、けっこう好きなのだ。