「高い所に来ると、それなりの加速が生じる」栗洲樹あぬ
今日はハロウィンで、みんな仮装して楽しく過ごしている。僕はあんまり乗り気でないまま、仮装してみんなの中に紛れ込んだ。何故、僕の気分が沈んでいるのか。単純に言って辛い事があったからだ。そして、それを乗り越えようとして、強引に体を動かした。僕は今日が仮装初挑戦なのだ。
僕の仮装は、と言うと。顔半分にゾンビのようなメイクをしている。そして、懐にはコインを忍ばせている。何でこれを選んだか。単純に言って、直感だ。映画か何かで見たものが記憶に残っていたんだろう。
この世を支配するものは運だ。
そんなセリフだったか。そんなものが僕の記憶に残っていた。そして、そのおぼろげな記憶を頼りに仮装してみた。
歩き回ってみたが、全く気分が晴れない。周りのみんなは友達と一緒にはしゃいでいる。そりゃそうだろう。こういう場には友達や恋人と一緒に参加するものだ。一人で来ている方が珍しいだろう。もしかして、珍しくない? でも、誰か友達が欲しいな。僕も。
そんなことを考えながら、ジェットコースター乗り場にやってきてしまった。空いていることだし、乗り込んでみよう、と思い、列に並んで順番を待った。ジェットコースターというのは大抵二列だ。カップルで乗れるように、という配慮だろうか? 僕の後には誰も並ばなかったために、僕は空いた席が多い中、一人で座った。
安全レバーが降ろされ、ガタガタと音を鳴らしながらコースターが動き始める。傾斜が強くなり、僕の視界は黒くなった。
何故だろうか?
そんな時に何かが閃く。
辺りには闇が広がっているばかりだった。
何のセリフだったろうか。それが思い浮かぶと共に何かが思い出された。
平安の時代の話であるにもかかわらず、Sentimentalisme などという横文字を記すのは何故だろうか?
そして、それは英語ではなくフランス語であった。
僕はコースターがガタガタという音が気にならないほどに、その僅かな思考に集中してしまった。その時だ。
「やあ、君の Friendly な Neighborhood が助けに来たよ!」
そんな声が隣から聞こえた。僕は「え!?」と声のした方を見た。その瞬間体が宙に浮いた。
つまり、その感覚はコースターが頂上に到達し、ジェットを吹かすが如く猛烈なスピードで滑り降りる直前のアレだった。僕はさっきの声が気になってしまい、ただでさえ苦手なジェットコースターで目から星が出ていた。時々見える夜空にも星がきらめいている。
「気を付けて、お降りくださーい」という係員さんの言葉に従い、僕は気を付けて足を動かす。それでもところどころに引っかかった。その時思った。
(映画が違う)
そして、
(会社も違う)
売店で飲み物を買って、ベンチに腰掛け、星を見ながら喉を潤す。僕は懐に忍ばせていたコインを手に取り、パチンと指ではじいてみた。コインはクルクルと回りながら上へ向かい、下へ落ちる。僕はそれをキャッチして手のひらを広げてみた。このコインの表はどっちなのかを知らなかった。そして、それで何をするかなんて決めていなかった。背後のジェットコースター乗り場からは「キャー!」という声が聞こえる。盛況なのが嬉しくなってしまった。それを見つめて思った。
高い所に来ると、それなりに加速が生じるものだ。
せっかくだから、もう少し歩いてみることにした。