第78話 交換条件(2)

文字数 1,261文字

 元服したからにはいずれ、それはせねばならない。
松姫のことが頭にあって元服の時は断ってしまったが、
そうは引き延ばせも出来ないと分かってはいた。
今回それで沙汰が軽くなる、または無くなるのなら、
積極的にしたいわけではないが、いずれ何ほどでもないことだった。

 「母上様、そこから先はもう」

 「では進めて参ります故、
母に御一任ということで宜しいか?」

 「お任せ致します」

 「今日の落水事件が若殿がお考えになる範囲で
決着を見たならば、初陣までに必ずということで」

 「はい」

 「あ、ひとつだけ、お尋ねを」

 「どうぞ」

 「御顔の好みは?」

 「手練れ(てだれ)の方でお願い致します。
顔は付いておれば結構でございます」

 「やはり、若殿。潔くていらっしゃる」

 「でしょうかね」

 「ええ、そうですとも」

 鷺山殿が上機嫌で信重は、

 どのみち、初陣までには終えておこうと思っていた……

 と気持ちに区切りをつける一方、

 その前に仙千代と絶対に結ばれる!……

 とも決めていた。
信重の思いとしては、生涯初の相手は慕い合う人が良かった。
というよりも、それが自然だと考えていた。

 「母上様、添い臥しは何度ほどお受けすれば良いのです?」

 「御相手を若殿がお気に召し、
側室となさるならなさっても構いませぬ。
何なら複数の御相手を御用意致します」

 「決まった形式はないと受け止めますが宜しいですか」

 「あら。何やら上手く丸め込まれたような」

 「左様なことはございません」

 母は微苦笑していた。

 「今日はこれにて。もう休みます。少々くたびれました」

 仙千代と雪解け水に流され、心身共に困憊の極みだった。

 「若殿、あとひとつ」

 「はい」

 「仙千代に惹かれていらっしゃるのですか」

 答えに窮した。しかし、即座に頷いた。
気付いていなければ、この人がそれを口にするはずがなかった。

 「それが何か?」

 「子は女に産ませ、
色恋は小姓とせよという御家もあると聞きます。
織田家の有力家臣も殿の御小姓出身が少なくはない。
ただ、……」

 「ただ?」

 「常に御自分を第一に。
御自分をお忘れになることがありませぬように。
織田家の後継であるという御身分を今日以降、
お忘れになることがありませぬように」

 確かに今日は仙千代が溺れる姿に一切が飛んでしまい、
何もかも忘れ、川へ入ってしまった。
 母は、そんな嫡男を案じているに違いなかった。

 「省察し、胸内に畳み込みます」

 「殿と若殿が力を合わせ新たな天下をお築きになる。
それが母の願いなのです。
殿には若殿は、かけがえのない御方。
あのような御性格の殿ではあられるが、
若殿のご成長を誰よりも願っておられる。
けして器用な御仁ではなくていらっしゃる故、
御不快なこともおありでしょうが、
若殿には殿を今後いっそう、お支えいただかなければ」

 仙千代と何の関係があるのかと理解に苦しんだが、
父にとっては天下布武の総仕上げの段階に入りつつあり、
信重が元服を迎え、初陣も近いということで、
母が注意を与えたのだと信重は思った。

 以上が、水難事件の午後、
天守の茶室でのやり取りだった。









 
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