第23話 旅立ち(1)

文字数 1,933文字

 父の話では、仙千代は、

 「身一つで出仕すれば良い」

 という岐阜の殿の思し召しがあったということらしいが、
いざとなったらそうはいかないと母や姉達が張り切って、
大慌てで反物を買いに行くと、着物を数枚、何日もかけ、
夜なべで縫ってくれ、身の回り品もすべて新調し、
五才の妹までが訳も分からず興奮し、
何か手伝おうとしては却って邪魔になり、
仙千代は、家に居れば、妹の遊び相手が数日間、任務となった。

 信長が帰った翌日からは、慌ただしい毎日で、
父に連れられ、万見家の本家、分家、
今では長兄が代を継いでいる仙千代が生まれた実家、
馬術師範宅、近隣の有力者、檀家となっている寺等など、
挨拶で回った。

 仙千代にとっては、
奇妙丸の傍で仕えるという夢のまた夢が現実となった、
頬を抓り(つねり)たくなるような話で、
ただひたすら嬉しく、舞い上がる日々で、
父とあちこちへ出掛け、様々な人に岐阜城へ出仕する挨拶をしても、
どうも足が地につかず、
気付くと一人、笑顔になっていたりして、
仙千代が小姓になることにいくらか心配の色を見せていた父も、
途中からは、

 「左様に楽しみか?であれば、殿、若殿にしっかりお仕えし、
仙も存分に学ばせていただくことじゃな」

 と応援する態度に変わっていった。

 胸躍る岐阜城での新しい暮らしではあるが、
地元の仲間達との別れがあった。
よく一緒に遊んだ者達にはこちらが出掛けて別れを告げ、
中には噂を聞いてやって来ては泣く者も居て、
それがあんがいイジメっ子だったりしたのが仙千代は意外で、
最後、良い関係で終えられたことが有り難かった。

 最も親しい彦七郎と彦八郎には、最後に顔を出した。
小姓となることが決まってから五日、経っていた。
 通常三日に空けず一緒に遊んでいたので、
五日というのは長かった。
 たいていは、そこらで遊んでいると、
お互いを認めて合流することがほとんどだったが、
どちらかがどちらかを呼びに行くことも多々あった。

 勝手知ったるとはこのことで、彦七郎、彦八郎の家では、
仙千代は、

 「まーた誰かが我が家で飯を食っておる」

 「天から降ったか地から湧いたか、何処の化け子狸かのぉ」

 等と兄弟の父や兄達に呆れられつつも可愛がってもらい、
ある意味、日ごろ会わない親戚よりも親しみがあった。
当然、その逆もあって、彦七郎達が泊まっていくことも度々あった。
 例えば、農繁期、兄弟は、
万見家の敷地の中にある畑をよく手伝ってくれた。
半分は遊びなのだが、
午後になれば夕餉を一緒にということになり、
満腹して仙千代の部屋で遊んでいると、
そのまま三人で寝てしまい、気付けば朝という案配だった。

 二人の家はいつもと何か雰囲気が違い、
大人達が妙にソワソワしている。
仙千代が二人の居場所を訊くと、仏間に居るという。
 顔を覗かせると、

 「おぅ!来たか!こっちも行こうと思っておった」

 と彦七郎が声を掛けてきた。
 二人は珍しく神妙なことがあるもので、
仏壇仏具のお清めをしていた。
 仙千代は仏壇の外へ出された仏様に合掌礼拝した。
 それが済むと待っていたかのように、彦七郎が言った。

 「仙、岐阜の城へ上がるらしいな」

 「その報告で来た」

 「儂らも行くんじゃ、岐阜へ」

 この数日間の出来事にはとても頭が付いて行かない。
仙千代は目を剥いた。

 「一昨日、岐阜城から書状が来た。
儂と彦八と二人を召し上げる、用意整い次第、出仕の事、と」

 「小姓になるということなのか?」

 「よく分からんが、仙千代と三人が組ってことか?」

 「ああ、そうか!
儀長城で殿に拝謁させていただいた時、三人一緒に居た」

 「何の取柄もないのになあ、儂」

 「儂もそうじゃ。何の取柄もない」

 仙千代も仏具掃除を手伝っている。

 「竹丸の推薦が利いたのかなあ、竹が大袈裟に褒めてくれて」

 と、仙千代。

 「餅つきでの奮闘が目に留まったのかもしれない、二人は」

 「まぁ、それはな。周りが軟弱に見えたわ、手際は悪いし。
そこはちょっと、自信ある」

 「うん、兄様の言われる通り、儂もあの日は頑張った。
美味い餅を仰山食いたくてな。
御殿へ呼ばれる前も橋本様の御家来に何度か褒められたわ」

 「岐阜へ行ってみたら意外に皆、団栗の背比べかもしれぬぞ」

 全員で召し出されるとは意外な展開ながら三人は大いに喜んだ。

 「年の瀬、橋本様の城へ行って良かった!
お陰で道が拓けた。せいぜい働いて、出世するぞー」

 「する!」

 「するー!」

 岐阜城への出仕が決まり、兄弟も仙千代同様忙しく、
顔が合わないでいたこの数日なのだった。
 仏壇掃除は御先祖様への挨拶として、させられていたらしかった。
 三人で仏具を仏壇に戻し、手を洗った後、皆で合掌し、
万端繰り合わせ、
出来れば一緒に初登城しようと約束をして、別れた。
 

 


 


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