第73話 見知らぬ部屋(1)

文字数 663文字

 眩さで、どうにも目を閉じていられない。
仙千代が瞼をゆっくり開けると、知らない場所に居た。
 
 横たわっているのは確かに褥だった。
見渡すと、寝所としては華やか過ぎるほど華やかで、
天井絵は中心に仙千代の知らない猛禽類の羽根を広げた姿が描かれ、
鋭い目が下界を見下ろし、周囲を花風月が取り巻いている。
襖は金箔銀箔、引き手は紫檀、
床柱が黒檀ならば調度品も唐物に伴天連の品が幾つか混ざり、
いったいここが何処なのか皆目見当がつかない。
陽の光に襖が照らされると謎の国の迷宮に入り込んだようだった。

 あの猛禽の眼に見られて寝ていたのか……

 褥は貴重な青畳が何枚も敷かれ、絹張りだった。
 室内は……いや、枕なのか、
微かに記憶にある匂いが漂っていた。
今はその香りを何処で嗅いだのか思い出せない。

 身体の節々が強張っている。
被せられていた夜着の中綿が多く、刺繍も絢爛で重い。
寝ていたのは半日なのか一晩なのか、もっと多いのか。
非常な空腹で目覚めたが、直近の記憶がほとんどなかった。

 着物は、万見家から持ってきたものだった。
下帯も仙千代の持ち物だった。

 ここへ来るまでの出来事を振り返ってみる。

 舟で遊んでいた三郎が落水し、助けようとして自分が溺れ、
信重が来てくれたことまでは頭にあった。

 若殿が助けてくださった……
 若殿にいただいた命……
 何か仰っていた……
 でも、思い出せない……
 会いたい、若殿に……

 ぎこちない動きで身を起こし枕元の竹筒の水を口に運んだ。
清涼な自然の風味が美味だった。
かなりの量であるのに、一気に飲み干す。
 空腹でたまらなかった。





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