第28話 勘九郎信重(3)

文字数 937文字

 仰々しい謁見の間ではなく、
行き先が、日ごろ、寛ぐ時に父が使う居室だと聞き、
新しく来た小姓達が既に父と知った顔なのだと信重は察した。

 予想は当たった。
 ギンナンと兄弟舟……いや、仙千代と彦七郎、彦八郎だった。
 信重は内心、大いに喜んだ。

 儀長城の謁見の間で餅を皆で食べた時、
信重は観察者の立場を貫いて、ろくに会話に加わらずいたものの、
兄弟舟が明朗快活で、いかにも腹が白いところが好ましかった。
いくらか立ち居振る舞いが荒っぽいものの、
何も織田家は公卿でもなし、声が大きい、物腰が猛々しい等は、
どれほどでもないことだった。
 ギンナンに至っては、
もし何処かで再会が叶うことがあるのなら、ゆっくり語らい、
心落ち着くひと時を共に過ごせればと、
願うでもなく願う心があった。

 三人の名を呼んで、親しく交わりたい気持ちがあったが、
例の調子で、やはり父の前では無表情に傾きがちな信重だった。

 名乗りを受けた仙千代の父、兄弟の父と長兄は、
皆、何処か雰囲気が共通していて、それが何かと巡らせてみると、
朴訥さ、清潔感だと信重は思った。
 父の周囲の野心、野望の匂いが過ぎるに余る者達を
常に見慣れている信重には、不思議な懐かしさがあって、
何処で見た眺めなのかと辿ってみると、
微かに記憶している亡き生母の実家の人々だった。
 感傷に浸る場面でもないことは分かっているが、
一瞬、鼻の奥がツンとした。

 「若殿も小姓が多く御苦労だと思うが、
皆で切磋琢磨し、いっそう、文武にお励みなされ」

 と父は言った。
 元服後の信重には、父はほとんどの会話で丁寧語だった。

 このような場で信重が言える台詞は紋切り型でしかなく、
大人達に、旅の労苦をねぎらい、三人とはもう知り合っていて、
和やかにやっていかれそうであると穏やかに伝えた。
 当の仙千代、彦七郎兄弟には、

 「明日からが楽しみじゃ。今日は早めに休め」

 とだけ、言った。
 去り際にギンナンの食い入るような眼差しに気付き、

 儂の顔に何か付いておるのか?……

 と訝しんだ(いぶかしんだ)が、さしたる意味はないものの、
挨拶がわりに軽く笑顔を向けると、たちまち頬が紅潮し、
安堵混じりの小さな笑みが返った。
 信重はこの時、仙千代の笑窪に初めて気付いて、

 笑顔が人懐こいのはそのせいか……

 と、思った。
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