第134話 処罰(2)

文字数 954文字

 もとより、仙千代を罰するつもりは毛頭なかった。
仲間の生命の危機を目の当たりにして咄嗟に取った行動を、
責めることはできない。
幾らか思慮を欠いた行動ではあるが、
所詮、十二才の子供のすることだった。
 元凶を言うなら三郎なのだが、
ふっくらした丸顔の憎めない面立ちをした三郎を見ていると、
笑いさえ、こみ上げてくる。
 結果的にこの水難事件は、
今後の薬となるなら結構だと言えないわけではなかった。

 五人揃って固唾を飲んで俯いている。

 「まあ……まず三郎は水練に徹底して打ち込むことじゃ。
あと数日で今年も師範がやって来る。怠りなく学べ。
彦七郎、彦八郎、仙千代は新たに儂の小姓となった。
日々、ぬかりなく仕えよ。若殿は……」

 信重が顔を上げた。

 「添い臥しを了承したそうだな。せいぜい励め。
織田家の行く末は若殿の双肩にかかっておる」

 結局、一切、咎めは無しということだった。
全員が悪いが、誰も悪くはないとも言える。
信長自身、分かっているが、
好悪の感情がはっきりしていて、仙千代は当然のこと、
彦七郎兄弟も三郎も信長の気に入りで、
損害が何も無いのであれば赦すも赦さないもなかった。

 五人は安堵し、主君の手を煩わせたことを一通り詫び、
退室した。
 仙千代については、昨晩、厠へ行くと言ったまま、
信長に待ちぼうけを食わせるような真似をして、
実はそちらの方が大問題なのだが、
信長はそれをも赦し、その件を口にすることさえしなかった。
 大甘も大甘で、自分でも笑えるほどに大甘だった。
しかし、朴直でちょっと風変わりな仙千代に接すると、
どうにも勘が狂ってしまい、

 今だけだ、今回だけ……

 と、つい、甘くなってしまうのだった。

 ただ、近習達が、水難事故の際も蛇が出た時も、
信重の近くに居なかったということは厳格に処すしか道はなく、
蟄居五日間では沙汰が軽過ぎ、
いったん近習の職を解くしかないと信長は考えた。
任務を怠ることは、本来なら打首、
あるいは放逐が妥当なのだが、
信重や仙千代が抱く後味を思うと加減を加えてしまう。
 また、近習達は、
仙千代や三郎のように幼い頃から面倒をみた小姓上がりで、
つい匙加減を甘くしてしまうということは否めなかった。
いったん出世街道から脱落となるが、
戦で手柄を立てれば良いだけのこと、
そのような話は他に幾らでもあった。




 

 

 

 




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