第84話 御礼

文字数 606文字

 三郎と二人で信重の部屋の掃除を終え、
廊下へ出たところで、鷺山殿の姿があった。

 二人がさっと立膝になり、(こうべ)を下げると、
鷺山殿は歩みを止めた。

 「仙千代か?」

 「ははっ」

 「(おもて)を上げよ」

 「ははっ」

 ゆっくりと視線を戻し、控えめに下向きのままでいる。

 「三郎も楽にせよ」

 「ハハッ」

 鷺山殿から優し気な良い香りが漂ってくる。

 「少し見ぬ間に仙千代、痩せたような。
ああ、そういえば、熱があったのでしたね」

 「御方様の有り難い御計らいにて、
殿の御寝所を使わせていただきまして、お陰をもちまして、
すっかり快癒し、食事も今は大いに頂戴しております」

 何故か鷺山殿から笑い声が出た。

 「本当に、何を言っても、やっても、愛らしい。
大人びた口調がまた可愛らしい。
仙千代を侍女にして、私が傍に置きたいぐらいじゃ」

 褒めてもらっているのか揶揄われて(からかわれて)いるのか不明で、
仙千代は軽く冷や汗が滲んだ。

 「三郎は、この夏は水練をしっかりと。お気張りなされ」

 「ハハ―ッ!」

 「二人は若殿の御小姓で幸せですよ。
あれほどお優しい方はそうそう居られぬ」

 仙千代、三郎は、畏まり、頭を下げた。

 鷺山殿は小さな笑い声を残し、去っていった。
仙千代は、鷺山殿がいかに信重を慈しみ、愛しく思っているか、
しみじみと感じ入った。

 御方様の自慢の若殿なのだな……
若殿をお誉めになる声が温かだった……

 畏れ多いと思いつつ、仙千代も、鷺山殿が大好きになった。

 

 

 

 

 
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