第109話 蛍の舞い(2)

文字数 653文字

 「何にでも生まれ変われるとしたら仙千代はどうする」

 「考えたこともございませぬ」

 「そうか」

 「勘九郎様は?」

 「日によって違う」

 その日その日を精一杯生きる、それが大切だと頭では分かっている。
 ただ、逃れようのない境遇に生まれた自分から離れ、
他の何者かであることが許されるのなら何が良いかと巡らせることは、
窮屈な毎日の中でちょっとした息抜きで、
夢想している間は囲いの中に囚われた自分を忘れられるひと時だった。

 仙千代を誘い、東屋に手を繋いだまま入って、並んでかけた。
 揺ら揺らと、蛍が群舞を続ける。

 月明かりの下、梔子(くちなし)の蕾の白っぽい黄緑が夜目に浮き上がり、
辺りをいっそう仄かに(ほのかに)照らす。

 「ここでは源平が争わず、共に舞っている」

 「面白い仰り様をされるのですね」

 「そうか?」

 池を眺めると、月が映っていた。
柔らかな潮風も遠い潮騒も心地よかった。

 「今宵の勘九郎様は何に生まれ変わられますか?」

 「蛍かな。悠々と舞って楽しそうじゃ。仙千代は」

 「夜露。蛍が求めて、やって来まする」

 「上手いことを言う」

 「我ながら上出来」

 他愛ないやり取りも仙千代が相手であれば、
水と魚の交わりにも似て、自然と気持ちが寄り添った。

 どちらからともなく抱き合い、間近で見詰めあう。

 「海へ行く前、約束した。
儂が一等になったら、褒美は仙千代が決めると」

 「覚えていらしたのですか」

 「ゆえに頑張った!」

 仙千代が涙を滲ませながらも笑顔を見せる。

 「また泣いて。可笑しな仙千代じゃ」

 仙千代が無言のまま、強く抱き着いてきた。

 




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