4 どうして、俺?

文字数 853文字

どうしたんだろ、あの子
 弁当屋でアルバイトをする青年、多島勝也はつぶやいた。
 本屋から弁当屋までの数メートルの距離を、右に左に首を傾げながら戻っていく。
 不可解というか意味不明というか。
 とにかくこのモヤモヤをどうにかしたい、そう思っていた。
 普段は、開店前に店長がマンガ雑誌を購入しているのだが、今日はたまたま勝也が代りに買いに来た。夕方から働いている彼女は、そのことを知らなかったようだ。
お帰り。いやあ、母さんが腰やっちゃって病院送ってたら、マンガ買うの忘れちまったんだよな
 店に戻るなり、店長=叔父さんが言った。
叔母さん大丈夫なの?
ああ。それより、傘預かってるぞ
 店長が、向かいのバイトJKから渡された傘を、勝也に差し出した。
ありがとう
 勝也はズボンのポケットに折りたたみ傘をねじ込んだ。

 店長は仕込み作業が残っているからと、厨房に引っ込んでいった。

 勝也は、モヤモヤした気分のまま、お向かいの本屋を眺めた。
 あの子は、本屋でバイトするぐらいだから、本が好きなのかな。
 だからって、どうして自分がクッソガッカリされないといけないのかな。
 ――そもそも何故、縁もゆかりもない自分が、彼女に期待をされるような存在なのか。
わかんねえ……
 勝也は渋い顔をしながら、ガラス戸越しに彼女をじっと見た。
ん?
 なぜか、彼女とときどき目が合う気がする。
 向こうもこちらをチラチラ見ている。
気のせい……じゃあ、ねえよな……
あの子が気になるのか? 勝也
わっ! ……なんだ、叔父さんか。気配消すなよ。忍者かよ
消してないよ。それにそんな才能ないから弁当屋のオヤジやってんじゃないか
それもそうか
あの子さ。結構苦労してるようだな
え、どういうこと?
こないだお兄さんが亡くなったんだよ。事故で。

彼女の家は母子家庭でな。

大黒柱として、お兄さんが母親と彼女の生活支えてたんだが……可愛そうにな

(好きで本屋に勤めてるんじゃなかったのか……)
 いや、違う。
 あの子は本が好きなはずなんだ。だって自分にあれほど失望してたんだ。
 確かめたい……。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

橘 由希乃(女子高生) 
商店街の本屋でバイトしている。内気だがすぐテンパり、暴走しやすい性格。
そのため、人見知りなのか強引なのか分からないと評される。

多島 勝也
本屋の向かいにある弁当屋でバイトしている若者。現在、資格試験の勉強中。
自分に自信がなく、つい素っ気ない態度を取って誤解されがち。

弁当屋の主人
勝也の叔父。妻と二人暮らし。気配を消すのが得意。子供がおらず、勝也を息子のように可愛がっている。イチオシのお惣菜は、チーズとちくわの磯辺揚げ。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色