3 不意打ち

文字数 741文字

 数日後。
 由希乃は折りたたみ傘を向かいの弁当屋に持っていった。
あのー……バイトの人、いませんか?
 彼の姿が見当たらなかったので、店主の中年男性に尋ねてみた。
ああ、いま配達で出てるんだけど、何か御用?
こないだ傘、借りたんで、返しに来ました
そっか。預かっとくけど?
じゃあ、お願いします
 油臭い空気の充満する店先にいると、髪に匂いがついてしまいそうで、由希乃はそそくさと本屋に入っていった。
 着替えて本屋のレジ番につくと、ほどなく件の青年は店に戻ってきた。
おかえり
 由希乃はちいさくちいさく呟いた。

 その彼が。
 配達から戻ったばかりなのに、また店から出て来た。
あれ?
 出て来て、まっすぐこちらに向かってくる。
え? え?
 ――なぜだろう。
 とんでもなく、心臓がバクバクいってる。
 息苦しくなって――由希乃は固まった。
 彼は店頭で数冊のマンガ雑誌をぽんぽんと手に取り、店内に入ってきた。
(あああ)
 由希乃は口をぱくぱくさせ、目だけで彼を追っている。
(こ、こここ、こっちくる!!)
 彼はレジにマンガ雑誌をぽんと置いた。
いくらですか
 彼は財布に目を落としながら由希乃に声を掛けた。
 ……が、返事がない。
おーい……
 彼はいぶかしげに、由希乃の顔の前で手を振った。
あっ、はい! すすすす、すみません!
これ、お会計してください
はいいい……
 由希乃は顔を真っ赤にしながら、本のバーコードをレジに読み取らせた。
これ、全部読むんですか?
ああ、店用だよ。客が待ってる時とか用
じゃあ、お兄さんはどんなの読むんですか?
うーん……実用書とか、資格取得の参考書とかかな
そう、ですか……
(なんだ……がっかり……)
 由希乃はしょんぼりしつつ、本を青年に渡した。
 小首をかしげつつ店を出て行く彼に、由希乃は気付かなかった。
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登場人物紹介

橘 由希乃(女子高生) 
商店街の本屋でバイトしている。内気だがすぐテンパり、暴走しやすい性格。
そのため、人見知りなのか強引なのか分からないと評される。

多島 勝也
本屋の向かいにある弁当屋でバイトしている若者。現在、資格試験の勉強中。
自分に自信がなく、つい素っ気ない態度を取って誤解されがち。

弁当屋の主人
勝也の叔父。妻と二人暮らし。気配を消すのが得意。子供がおらず、勝也を息子のように可愛がっている。イチオシのお惣菜は、チーズとちくわの磯辺揚げ。

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