11 引き返す

文字数 1,114文字

それ以来、なんか多島さんのことが気になって、ついついバイト中もお向かいのお弁当屋さんを見ちゃうっていうか……。

まあ、気になる、ぐらい、なんですけど……

 勝也の心臓の鼓動が早くなってきた。
 彼は必死で平静を装った。
それで、あのお兄さんはどこに住んでるのかな、とか、どんな本が好きなのかな、とか、なんかいろいろ考えちゃって……
それで、俺があまり本が好きじゃないと分かって、ひどくがっかりしちゃったと……
はい……。私が勝手に妄想してただけなので……だから、あんまり言えるようなことでも、ないかなって
はずかしくて?
………………はい
………………………………
……あの、えっと、……さ
は、はい
そういうの、男子的には……
メチャメチャヤバいっていうかさ
ヤバ、い?
っていうか、嬉しいんだけど……その
 勝也の顔が真っ赤になった。
お、俺も傘の一件があってから、ちょっと気になって、まあ、キミと同じかな。
あの子は、本が好きなのかな、それともただ仕事で本屋にいるのかな、とか、なんで俺が本好きじゃないと不機嫌になるのかな、とか、いろいろ気になってた
そうだったんですか……
じゃ、お互い、気になることも分かったことだし、そろそろ帰ろうか
……え? もう、帰るんですか? 

ま、まだお昼過ぎですよ? 

それとも他に予定とかあるんですか?

そうじゃないけど……
なら、どうして?
 勝也は視線を斜めに落とすと、しばらく黙り込んだ。
 そして大きく息を吸い込み、ようやく口を開いた。
……ここで、引き返したい。そう、思っただけ
引き返したいって?
だって、これ以上一緒にいたら……
いたら?



由希乃ちゃんのこと、好きになっちゃうから



!!!!
さ、帰ろう
 勝也はバス停へと歩き出した。
待って。待って下さい
ん?
あの、どうして、引き返さないといけないんですか?
…………だってキミがあんまりいたいけでさ。
その……なんか自分が悪いことしてるような……ああ、なんと言えばいいのか
そんな……
俺なんかじゃ、無くなったお兄さんが成仏出来ないっていうか……
兄は関係ありません! だってもう死んでるんですよ?
(え、それ、自分で言っちゃうの!?)
あ、あんまり勢いでこういうこと、決めない方がいいよ……
迷惑ですか? 未成年だからですか?
違うよ。迷惑じゃないし、年齢も関係ない。だけど……
だけど、何なんですか!
男はやっぱ、将来のこととかどうしても考えちゃうんだよ。

まだ就職も出来ないし、不幸にしちゃうかもしれない。だから

 由希乃の顔がみるみる歪んで、口がへの字に曲がっていった。
もう、いいです!!
 怒った由希乃は、バス停へと走り去っていった。
あー……。やっちまった……
 小さくなる由希乃を見つめながら、勝也は唇を噛んだ。
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登場人物紹介

橘 由希乃(女子高生) 
商店街の本屋でバイトしている。内気だがすぐテンパり、暴走しやすい性格。
そのため、人見知りなのか強引なのか分からないと評される。

多島 勝也
本屋の向かいにある弁当屋でバイトしている若者。現在、資格試験の勉強中。
自分に自信がなく、つい素っ気ない態度を取って誤解されがち。

弁当屋の主人
勝也の叔父。妻と二人暮らし。気配を消すのが得意。子供がおらず、勝也を息子のように可愛がっている。イチオシのお惣菜は、チーズとちくわの磯辺揚げ。

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