15 逃げない

文字数 964文字

 アパートを後にした勝也は、一度も振り向かず、ひたすら歩いていた。
うわあ……なんで、なんであんなとこで泣いてんだよ! 抱き締めたくなるじゃんか!
なんとか必死に逃げてきたけど……やっぱまた怒らせたかな。
もしかして、注文書の住所を見て……いやいや、それはないな。
彼女はお兄さんのいた会社を見に来たんだからな。
……でも、あんな調子じゃあ、お兄さん、成仏出来ねえよな……。

俺が兄貴だったら、死んでも死に切れねえよ……

待って!!
うわ! どうして
 追って来た由希乃が息を切らしながら勝也を睨み付けていた。
あの!
お、おう
あの、あの、
……あのぉおお
 由希乃の目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。
うん、落ち着け。大丈夫、俺、逃げないから、落ち着け
あの、多島さん、彼氏に、なって、くれ、ないん、ですか?
 勝也は絶句した。
どうして、ダメなんですか?
…………罪悪感もあるし、それに、別れるのがつらいから
どうして別れるの前提なんですか
俺……付き合って上手くいく絵が描けないんだよ。

食い扶持も稼げない男が女子高生と付き合うなんて、無責任じゃないか

別に私だって働くかもしれないし、それ、今考えることじゃないですよね?
いや、考えることなの。だから困ってんの
ううう~~~~っ、兄は関係ないです!
 由希乃が怖い目で勝也を睨み付けている。
……いや、違うな。
いろんな意味で、キミを受け止められる自信がなかった。だから逃げた。多分、それが正解。
そんで、ピュアなキミを騙すみたいで気が咎めて逃げた。
俺は、そういう卑怯者なんだ。
――それでもいいの?
正直者なら、それでいいです。
だから、彼女になっても、いいですか?
 ふと勝也の頭の中で、人の声が聞こえた気がした。


 ――妹を頼む、と。

 多分、自分には覚悟が足りなかったんだろう。
 なのにこの子は、あんなに内気なのに、勇気を振り絞って俺に……
 勝也は腹を決めた。
付き合おう
――ホントに?
 勝也は由希乃の目を見つめて、大きく頷いた。
なんかこのままじゃ、お兄さんが成仏出来なさそうだから
成仏出来ないって、ヒドイ
だから、俺がお兄さんの後を継いで、キミを見守る。
そういうことで。OK?
 由希乃はにっこり笑った。
はい。よろしくお願いします!
 二人は、仲良く手を繋いで、一緒に商店街への道を歩いていった。

                  (了)

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登場人物紹介

橘 由希乃(女子高生) 
商店街の本屋でバイトしている。内気だがすぐテンパり、暴走しやすい性格。
そのため、人見知りなのか強引なのか分からないと評される。

多島 勝也
本屋の向かいにある弁当屋でバイトしている若者。現在、資格試験の勉強中。
自分に自信がなく、つい素っ気ない態度を取って誤解されがち。

弁当屋の主人
勝也の叔父。妻と二人暮らし。気配を消すのが得意。子供がおらず、勝也を息子のように可愛がっている。イチオシのお惣菜は、チーズとちくわの磯辺揚げ。

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