5 いきなりのおさそい

文字数 691文字

 由希乃が放課後、バイト先の本屋に向かうと、店の手前にあるコンビニの店先で、誰かに声を掛けられた。
こんにちは。いま出勤?
あ、お向かいの。ええ、そうですけど
 あの弁当屋のバイト青年だった。エプロン姿で缶コーヒーを手にしている。
 マンガ雑誌の件の翌々日で、正直かなり気まずい。
ブックフェアのチケットもらったんだけど、良かったら行かない? まあ、本が好きなら、だけども
えっ!
 突然の申し出に、またまた由希乃はフリーズしてしまった。
 体は固まるし、頭には血が昇るし、息は詰まってくるしで大惨事である。
(行きたい行きたい行きたい行きたい…………だけどなんでこの人なの!!)
んー…………。本、好きなんじゃないかと思ったんだけど……違った?
(うそ! ままままままマジで! ほ、ほしいほしいほしいほしい!)
あ、あ、ああ、あう……う……
? んー、ま、俺とじゃイヤなら、これやるよ
 由希乃は全身の力を振り絞って、チケットに手を伸ばした。
 だが、ぷるぷると手が震え、ちっとも前に進めない。
遠慮しなくていいよ。ほら
 と、彼は由希乃の手にチケットを握らせた。
誰かと行けばいい。じゃあな。バイトがんばって
 にこりともせずに言うと、彼はコーヒーの缶をゴミ箱に放り込み、弁当屋へと戻っていった。
(ま、待って!)
 呼び止めて礼を言いたかった。だけど、声も満足に出ないし、足も動かない。
 どうしてかわからないけど、どうしようもなくて――。
『チリンチリン!』
 背後から自転車のベルが鳴った。
わっ! す、すいません!
 由希乃は魔法が解けたみたいに、急に動けるようになった。
(どうしよう、ホントは一緒に行ってもいいのに……)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

橘 由希乃(女子高生) 
商店街の本屋でバイトしている。内気だがすぐテンパり、暴走しやすい性格。
そのため、人見知りなのか強引なのか分からないと評される。

多島 勝也
本屋の向かいにある弁当屋でバイトしている若者。現在、資格試験の勉強中。
自分に自信がなく、つい素っ気ない態度を取って誤解されがち。

弁当屋の主人
勝也の叔父。妻と二人暮らし。気配を消すのが得意。子供がおらず、勝也を息子のように可愛がっている。イチオシのお惣菜は、チーズとちくわの磯辺揚げ。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色