8 チケットの理由

文字数 1,155文字

 二人は、イートインのカウンター席の一番奥に陣取った。
一応自己紹介するよ。俺、多島勝也っていうの。

あそこの弁当屋は叔父さんの店なんだ。

さっきのチケットも、叔父さんに頼んで取ってもらったんだよ

えーっ、そうなんですか! 

それで、前売り券が手に入ったんですね! 

もうとっくに売り切れてて、バイト先の先輩にうらやましがられちゃいましたよ

 急に興奮気味に話す彼女を見て、勝也は少しほっとした。
こないだも言ったけど、いま資格試験の勉強してて、受かったら就職する予定
そうなんですか。たいへんそうですね
さっきのチケットだけど
はい
一緒に行く人とか、いる?
……いません
別に俺、君と付き合いたいとかそういうのじゃ、ないんだ
え? これ、あの……デートの誘いとか、じゃないんですか?
 勝也は一呼吸置いてゆっくり話し始めた。
ただ、知りたかった
……何を、ですか?
君は本が好きで、あそこでバイトしているのか。

そして、どうして俺が参考書や実用書しか読まないと聞いて、あんなにがっかりしたのか。


――それがどうしても気になって。
なんかおかしいよな。でも、ずっと気になっているんだ

そのためだけに、チケットを?
だって、どうやってきっかけ作ればいいか、わかんねえじゃん
……そうですね
 由希乃は財布の中からチケットを取りだし、勝也の前に置いた。
いま、答えます。だから、これ、返します
返金するのも面倒だし、あげるよ。

不要だというなら、持って帰るけど

そうじゃ……ないです。行きたいです
 勝也はチケットに手を添えると、そのまま滑らせて、そっと由希乃の前に戻した。
じゃ、答え、聞かせてくれる?
はい。
……本は、好きです。いつも兄がお土産に本を買ってきてくれて……。だから
 勝也はうん、とうなづいた。
がっかりしたのは……多島さんが、本が好きだったらいいな、って思ってたから
どうして?
 勝也が由希乃の顔を覗き込むと、由希乃は反射的に体を引いた。
……言わないと、ダメ、ですか?
 勝也はいいや、と頭を振ると、すっと立ち上がった。
イヤならいいよ。俺、そろそろ休憩終わるから。じゃ、おやすみ
ま、待って下さい!
ん?
つ、つつ、次の日曜日、あいて、ますか!?
空いてるよ
ブ、ブブ、ブックフェア、行きましょう! 

お、おお、お兄さんには、つまらないかも、しれませんけど!

 勝也は苦笑した。
ムリしなくていいよ。友達でもさそえばいい。付き合わせて悪かったな。じゃ
 立ち去ろうとする勝也の背に、由希乃は言葉を投げつづけた。
そんなことないです! 十時に、駅前で待ってます!
 勝也は振り向いて、片手を上げた。
わかった、ありがとう。十時、だね?
はい! あの、今さらだけど、わたし、橘由希乃です
じゃ、気をつけて、由希乃ちゃん
 由希乃は、コンビニを出て行く勝也を見送ると、大事そうにチケットを財布に戻した。
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登場人物紹介

橘 由希乃(女子高生) 
商店街の本屋でバイトしている。内気だがすぐテンパり、暴走しやすい性格。
そのため、人見知りなのか強引なのか分からないと評される。

多島 勝也
本屋の向かいにある弁当屋でバイトしている若者。現在、資格試験の勉強中。
自分に自信がなく、つい素っ気ない態度を取って誤解されがち。

弁当屋の主人
勝也の叔父。妻と二人暮らし。気配を消すのが得意。子供がおらず、勝也を息子のように可愛がっている。イチオシのお惣菜は、チーズとちくわの磯辺揚げ。

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