2 ひとりの夜

文字数 497文字

 由希乃が自宅に戻ると、母親はまだ帰宅していなかった。
そういえば今日は当直なんだっけ……
 玄関で部屋を明かりを点けながら、由希乃はひとりごちた。
 彼女の家庭は母子家庭で、現在は働く母と二人暮らし。しばらく前までは兄も同居していたのだが――。  
お兄ちゃん……
 家に一人でいると、兄のことを思い出してしまう。
 だから、バイトを始めたのに。
 あんまり効果ないなあ、と由希乃は思った。
あの人、どんな人なのかな……
 由希乃は風呂の湯船に浸かりながら、向かいの弁当屋で働く若者のことを考えていた。

 見た目大学生ぐらいの彼は、本屋で働き始めた数ヶ月前にはすでに弁当屋にいた。道の細い商店街なので、お互い顔を合わせることも一度や二度ではなかった。

 しかし、由希乃にとっては、ドアの向こう側に見える、ただの書き割り。その中に立っているその他大勢の一人であって、どこの誰かなんて、まったく知らなかった。

 今まで風景の一部だった存在が、今夜いきなり、自分に接触してきたのだ。
 ――気にならないわけがなかった。
どんな人なのかな。
どこに住んでるのかな。
どんな本……読むのかな。


彼女……いるのかな

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登場人物紹介

橘 由希乃(女子高生) 
商店街の本屋でバイトしている。内気だがすぐテンパり、暴走しやすい性格。
そのため、人見知りなのか強引なのか分からないと評される。

多島 勝也
本屋の向かいにある弁当屋でバイトしている若者。現在、資格試験の勉強中。
自分に自信がなく、つい素っ気ない態度を取って誤解されがち。

弁当屋の主人
勝也の叔父。妻と二人暮らし。気配を消すのが得意。子供がおらず、勝也を息子のように可愛がっている。イチオシのお惣菜は、チーズとちくわの磯辺揚げ。

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