第5話 生徒会選挙
文字数 1,305文字
十一月。
寒い冬が訪れ、生徒会の役員を決める選挙戦が始まった。生徒会長の候補者リストには予想通り平多勝の名前もあり、僕の心はざわついていた。
書記に立候補した松田さんは、数研の後押しを受けて選挙活動を展開し、まずまずの予想票を集めていた。一方の僕は彼女からのご指名で、生徒会選挙演説で行われる質疑応答の質疑役を任されていた。
質疑応答は、立候補者が有権者の質問や疑問に回答して、いかに自分が有能であるかをアピールする場である。しかしほとんどの生徒は選挙に興味がなく、質疑をとったところで誰も手を挙げない。そこで質問者は立候補者の方で事前に決めておくのが通例となっていた。
「斉木先輩、くれぐれも質問の内容を間違えないようにお願いしますね」
荷が重すぎて不安だらけだけど、「新歓の時の先輩、すごくかっこよかったです」と言ってくれた松田さんの頼みとなれば、断れるはずがなかった。
「では書記候補の松田郁子さんに対する質疑応答を行います。疑問やご意見のある方は挙手をお願いします」
司会進行役の三年生が、こちらにアイコンタクトを送りながらアナウンスした。予定通りに手を挙げて当てられたので、予め用意していた原稿を読み始めた。
演説の質問や疑問なのに原稿があるなんておかしな話だが、周りの生徒は誰も気にしていない。それに日本の国会も似たことをしていると聞いたので、とちるよりはましだと思った。
ただこの日、僕は季節の変わり目で風邪を引いており、止まらない鼻水に苦しんでいた。だから原稿を読む最中にズズッと鼻を啜る音もマイクが拾ってしまい、聞いていた生徒たちがこぞって笑い出した。それでも鼻水は容赦なく垂れ続け、松田さんの重要なプレゼンの場を笑いの渦に巻き込んだ。
「えっと、ただいまの質問に対する回答ですが……」
グダグダな質疑が終わって松田さんが答えようとした時、「それよりよく効く風邪薬を教えてやれよ!」と野次が飛んで、体育館にふたたび笑いが起こった。
選挙演説が終わった後、松田さんは「風邪なんですから仕方ないですよ」と優しい言葉をかけてくれたけど、僕は彼女に合わせる顔がなくなっていた。
「斉木くん、ちょっといいかな」
落胆して教室に戻ろうとした時、選挙演説も質疑応答も威風堂々とこなした平多に呼び止められた。
「何だよ?」
「今日の質疑応答だけど。あれじゃ松田くんが可哀想じゃないか」
初めて話す平多の第一声は、僕に対するクレームだった。
「風邪だったんだから仕方ないだろ」
もちろん悪いとは思っているけど、彼と楽しそうに話していた松田さんの姿を思い出すと無性に腹が立って素直になれなかった。
「とにかく選挙はまだ続くんだ。彼女の足を引っ張るような真似は止めて欲しい。用はそれだけだよ」
平多がいなくなるとクラスの女子たちがずいずいと寄って来て、「斉木くんって彼と仲がいいの?」と興味津々の様子で聞いてきた。
「ぜんぜんよくないけど」
きっぱりそう否定した後も、彼女たちは平多の情報を根掘り葉掘り聞き出そうとしてきた。だから僕はうんざりした気分で「後輩の子と付き合っているみたいだよ」とだけ答え、早々にその場から立ち去った。
寒い冬が訪れ、生徒会の役員を決める選挙戦が始まった。生徒会長の候補者リストには予想通り平多勝の名前もあり、僕の心はざわついていた。
書記に立候補した松田さんは、数研の後押しを受けて選挙活動を展開し、まずまずの予想票を集めていた。一方の僕は彼女からのご指名で、生徒会選挙演説で行われる質疑応答の質疑役を任されていた。
質疑応答は、立候補者が有権者の質問や疑問に回答して、いかに自分が有能であるかをアピールする場である。しかしほとんどの生徒は選挙に興味がなく、質疑をとったところで誰も手を挙げない。そこで質問者は立候補者の方で事前に決めておくのが通例となっていた。
「斉木先輩、くれぐれも質問の内容を間違えないようにお願いしますね」
荷が重すぎて不安だらけだけど、「新歓の時の先輩、すごくかっこよかったです」と言ってくれた松田さんの頼みとなれば、断れるはずがなかった。
「では書記候補の松田郁子さんに対する質疑応答を行います。疑問やご意見のある方は挙手をお願いします」
司会進行役の三年生が、こちらにアイコンタクトを送りながらアナウンスした。予定通りに手を挙げて当てられたので、予め用意していた原稿を読み始めた。
演説の質問や疑問なのに原稿があるなんておかしな話だが、周りの生徒は誰も気にしていない。それに日本の国会も似たことをしていると聞いたので、とちるよりはましだと思った。
ただこの日、僕は季節の変わり目で風邪を引いており、止まらない鼻水に苦しんでいた。だから原稿を読む最中にズズッと鼻を啜る音もマイクが拾ってしまい、聞いていた生徒たちがこぞって笑い出した。それでも鼻水は容赦なく垂れ続け、松田さんの重要なプレゼンの場を笑いの渦に巻き込んだ。
「えっと、ただいまの質問に対する回答ですが……」
グダグダな質疑が終わって松田さんが答えようとした時、「それよりよく効く風邪薬を教えてやれよ!」と野次が飛んで、体育館にふたたび笑いが起こった。
選挙演説が終わった後、松田さんは「風邪なんですから仕方ないですよ」と優しい言葉をかけてくれたけど、僕は彼女に合わせる顔がなくなっていた。
「斉木くん、ちょっといいかな」
落胆して教室に戻ろうとした時、選挙演説も質疑応答も威風堂々とこなした平多に呼び止められた。
「何だよ?」
「今日の質疑応答だけど。あれじゃ松田くんが可哀想じゃないか」
初めて話す平多の第一声は、僕に対するクレームだった。
「風邪だったんだから仕方ないだろ」
もちろん悪いとは思っているけど、彼と楽しそうに話していた松田さんの姿を思い出すと無性に腹が立って素直になれなかった。
「とにかく選挙はまだ続くんだ。彼女の足を引っ張るような真似は止めて欲しい。用はそれだけだよ」
平多がいなくなるとクラスの女子たちがずいずいと寄って来て、「斉木くんって彼と仲がいいの?」と興味津々の様子で聞いてきた。
「ぜんぜんよくないけど」
きっぱりそう否定した後も、彼女たちは平多の情報を根掘り葉掘り聞き出そうとしてきた。だから僕はうんざりした気分で「後輩の子と付き合っているみたいだよ」とだけ答え、早々にその場から立ち去った。