第4話 ゲームオーバー
文字数 2,168文字
それから一分後。尻もちをつく自分の目の前で、少年たちがぶっ倒れたまま呻いていた。僕を殴り始めた少年は湯沢くんのカウンターで一発KO。金髪の方は寝技で脚を決められて悲鳴を上げていた。そりゃあそうだろう。あの技がどれだけ痛いかは、僕自身が誰よりもよく知っていた。
「これは最後通告だ。二度とこの町に現れるんじゃねぇぞ」
湯沢くんが動けない少年たちにむかって、びしっと決めポーズを作った。それは僕が彼に貸した漫画に登場する、ヒーローの決めポーズとまったく同じものだった。
僕と湯沢くんは、この町に住むご近所さんで昔から交流があった。互いに進む道が違い過ぎて親友にはならなかったけど、今でも適度に仲の良い幼馴染同士だ。だから僕が彼の関節技を甘んじて受けているのは、痛いのが好きとか、不本意に弄られているわけではなかったのである。
「窓木くん、血が出てるよ」
三人で会場の明るい場所に戻って来ると、服田さんは和装の巾着袋からハンカチを出して、血が出ている鼻の下を押さえてくれた。
彼女は昼間のワンピースとはうって変わって、花火の模様があしらわれた空色の浴衣を着ていた。その姿は見惚れてしまうほどかわいかったけど、彼女を褒めていいのは僕ではなく、無敵のヒーローである湯沢くんだった。
「いろいろごめん」
ハンカチを汚した上に、デートの邪魔をしたことが申し訳なくて謝った。何よりも彼女の前でこんな姿を晒している自分が惨めだった。
「気にすんなよ。じゃあおばさんによろしくな」
湯沢くんが手を上げて背中を見せたので、「助けてくれてありがとう」と二人にお礼を言った。でも服田さんは何故か、「湯沢くん、また学校でね」と彼を見送ってその場にとどまった。
「行かなくていいの?」
僕が聞くと服田さんは「何で?」と聞いた。
「だってデートだったんじゃ……」
「ふふっ、窓木くんって面白いね」
「違うの?」
「違うよ。窓木くんを見つけて助けを呼ぼうとしたら彼がいたの。町内会のパトロールを手伝っているんだって」
話を聞いて全身から力が抜けた。でもよく考えてみれば、もし服田さんが今日デートだったなら、「じゃあむこうでまた会えるね」なんて言うはずがない。殴られて動揺していたとはいえ、考えが浅はかだった。とにかくこれで、僕は正々堂々と彼女の浴衣を褒めることができると思った。
「あ、いたいた!」
声のした方を見ると、遠くで浅倉さんが手を振っていた。服田さんが振り返したので倣ったら、浅倉さんは僕に気づいたのかサッと手を下ろした。
「ふくちゃん、何でそいつといるの?」
朝倉さんはこっちに来るなり文句を言った。きっとこの場で服田さんの浴衣を褒めたなら、「そんないやらしい目で見てたの?」と言われてしまうに違いなかった。
「たまたま、偶然会ったんだよ……ね?」
「あ、うん」
気を遣ってくれたのか、服田さんは僕がさっき絡まれていたことには触れなかった。
「だからってさ。あたしがトイレ行った隙にいなくならないでよぉ」
「だよね、ごめんなさい」
服田さんは彼女を待っている間に、連れていかれる僕を見かけたのだろうか。だとすれば浅倉さんにも悪いことをしてしまった。
「ちょっと待って。まさかあんたたち……」
何を思ったのか、浅倉さんが僕と服田さんを交互に睨んだ。すかさず服田さんが、「何?」と彼女の顔色を伺った。
「あたしに何か隠してるでしょ?」
「何も隠してないよ?」
あっさり否定したものの、服田さんの目は泳いでいた。たぶん彼女は嘘をつくのが苦手な人なのだと思った。
「わかった! 本当はこいつと付き合ってるんでしょ!」
浅倉さんが大きな声を張り上げ、周囲の人たちが何事かとこちらを振り返った。服田さんが「ち、違うってば!」と狼狽する。僕は二人にこれ以上迷惑はかけられないと、朝倉さんにこれまでの経緯を話して誤解を解いた。
「そっか、ふくちゃんに救われて良かったね。だけど連れはどうしたの? 見当たらないじゃん」
そういえば河野くんを駐輪場に待たせたままだった。腕時計を見ると駐輪場を出てからだいぶ経っている。ただ服田さんと別れるのは寂しかったので、僕はこの夏一番の勇気を出した。
「知ってるかもしれないけど、祭りの最後に花火が上がるんだ。よかったらみんなでそれを一緒に見ない?」
「でも、どうせそんなの大したことないんでしょ?」
かなり無理をして誘ったのに、服田さんの前には浅倉さんという大きな壁が立ちはだかっていた。それに花火は沢山上がると答えたかったけど、親の話によれば用意した花火は二十発だけ。それでも予算がない町内会としては大奮発なのだという。
「親は二十発上がるって言ってた」
「やっぱりね。それって一瞬じゃん」
「だけど夏といえば花火だよね。綺麗だろうな」
浅倉さんは引いているけど服田さんが話に乗ってくれた。彼女と一緒に花火を観るチャンスは、まだ残されているように思えた。
「お祭りは九時までだから、八時半くらいには上がると思うんだ」
もうひと押しと意気込んで続けたら、服田さんの表情がふっと曇った。
「そっか、残念。うちの門限が八時までなんだよね」
「そうなんだ……じゃあ仕方ないね」
これにてゲームオーバー。さらにこれは現実なので、ゲーセンのようにコインを投入して、コンティニューすることはできなかった。
「これは最後通告だ。二度とこの町に現れるんじゃねぇぞ」
湯沢くんが動けない少年たちにむかって、びしっと決めポーズを作った。それは僕が彼に貸した漫画に登場する、ヒーローの決めポーズとまったく同じものだった。
僕と湯沢くんは、この町に住むご近所さんで昔から交流があった。互いに進む道が違い過ぎて親友にはならなかったけど、今でも適度に仲の良い幼馴染同士だ。だから僕が彼の関節技を甘んじて受けているのは、痛いのが好きとか、不本意に弄られているわけではなかったのである。
「窓木くん、血が出てるよ」
三人で会場の明るい場所に戻って来ると、服田さんは和装の巾着袋からハンカチを出して、血が出ている鼻の下を押さえてくれた。
彼女は昼間のワンピースとはうって変わって、花火の模様があしらわれた空色の浴衣を着ていた。その姿は見惚れてしまうほどかわいかったけど、彼女を褒めていいのは僕ではなく、無敵のヒーローである湯沢くんだった。
「いろいろごめん」
ハンカチを汚した上に、デートの邪魔をしたことが申し訳なくて謝った。何よりも彼女の前でこんな姿を晒している自分が惨めだった。
「気にすんなよ。じゃあおばさんによろしくな」
湯沢くんが手を上げて背中を見せたので、「助けてくれてありがとう」と二人にお礼を言った。でも服田さんは何故か、「湯沢くん、また学校でね」と彼を見送ってその場にとどまった。
「行かなくていいの?」
僕が聞くと服田さんは「何で?」と聞いた。
「だってデートだったんじゃ……」
「ふふっ、窓木くんって面白いね」
「違うの?」
「違うよ。窓木くんを見つけて助けを呼ぼうとしたら彼がいたの。町内会のパトロールを手伝っているんだって」
話を聞いて全身から力が抜けた。でもよく考えてみれば、もし服田さんが今日デートだったなら、「じゃあむこうでまた会えるね」なんて言うはずがない。殴られて動揺していたとはいえ、考えが浅はかだった。とにかくこれで、僕は正々堂々と彼女の浴衣を褒めることができると思った。
「あ、いたいた!」
声のした方を見ると、遠くで浅倉さんが手を振っていた。服田さんが振り返したので倣ったら、浅倉さんは僕に気づいたのかサッと手を下ろした。
「ふくちゃん、何でそいつといるの?」
朝倉さんはこっちに来るなり文句を言った。きっとこの場で服田さんの浴衣を褒めたなら、「そんないやらしい目で見てたの?」と言われてしまうに違いなかった。
「たまたま、偶然会ったんだよ……ね?」
「あ、うん」
気を遣ってくれたのか、服田さんは僕がさっき絡まれていたことには触れなかった。
「だからってさ。あたしがトイレ行った隙にいなくならないでよぉ」
「だよね、ごめんなさい」
服田さんは彼女を待っている間に、連れていかれる僕を見かけたのだろうか。だとすれば浅倉さんにも悪いことをしてしまった。
「ちょっと待って。まさかあんたたち……」
何を思ったのか、浅倉さんが僕と服田さんを交互に睨んだ。すかさず服田さんが、「何?」と彼女の顔色を伺った。
「あたしに何か隠してるでしょ?」
「何も隠してないよ?」
あっさり否定したものの、服田さんの目は泳いでいた。たぶん彼女は嘘をつくのが苦手な人なのだと思った。
「わかった! 本当はこいつと付き合ってるんでしょ!」
浅倉さんが大きな声を張り上げ、周囲の人たちが何事かとこちらを振り返った。服田さんが「ち、違うってば!」と狼狽する。僕は二人にこれ以上迷惑はかけられないと、朝倉さんにこれまでの経緯を話して誤解を解いた。
「そっか、ふくちゃんに救われて良かったね。だけど連れはどうしたの? 見当たらないじゃん」
そういえば河野くんを駐輪場に待たせたままだった。腕時計を見ると駐輪場を出てからだいぶ経っている。ただ服田さんと別れるのは寂しかったので、僕はこの夏一番の勇気を出した。
「知ってるかもしれないけど、祭りの最後に花火が上がるんだ。よかったらみんなでそれを一緒に見ない?」
「でも、どうせそんなの大したことないんでしょ?」
かなり無理をして誘ったのに、服田さんの前には浅倉さんという大きな壁が立ちはだかっていた。それに花火は沢山上がると答えたかったけど、親の話によれば用意した花火は二十発だけ。それでも予算がない町内会としては大奮発なのだという。
「親は二十発上がるって言ってた」
「やっぱりね。それって一瞬じゃん」
「だけど夏といえば花火だよね。綺麗だろうな」
浅倉さんは引いているけど服田さんが話に乗ってくれた。彼女と一緒に花火を観るチャンスは、まだ残されているように思えた。
「お祭りは九時までだから、八時半くらいには上がると思うんだ」
もうひと押しと意気込んで続けたら、服田さんの表情がふっと曇った。
「そっか、残念。うちの門限が八時までなんだよね」
「そうなんだ……じゃあ仕方ないね」
これにてゲームオーバー。さらにこれは現実なので、ゲーセンのようにコインを投入して、コンティニューすることはできなかった。