第5話 二人への疑惑

文字数 1,150文字

「全校生徒の皆さん、足元に気をつけて下校してください」

 校内に蛍の光が流れる中、紙山さんがマイクにむかって原稿を読み上げていた。彼女の声は相変わらず美しくて、さっきからモヤモヤしている僕の気持ちでさえ癒してくれた。

「天野くん、大丈夫?」

 アナウンスが終わり、紙山さんが原稿から顔を上げて聞いた。

「えっ?」

「何も話さないから、具合でも悪いのかなって」

 たしかに紙山さんと原町くんのことが気になっていて、さっきからずっと上の空だった。だから僕は我慢できずに聞いた。

「紙山さんと原町くんってさ……じつは前から仲良しだったの?」

「えっ、どうして?」

 突然過ぎる質問に、紙山さんが目を丸くして聞き返した。

「だって二人とも読書が好きだし、さっきも本の貸し借りをしていたから」

「でも原町くんとはあまり口を利いたことがないの。だから仲良しかって言われると違う気がするけど」

 だったらどうして彼女は原町くんに本を貸すことになったのか。そもそも普段から交流がないなら、紙山さんが彼の好きな作品を知ることもなかっただろう。

「じゃあ何で原町くんに本を貸すことになったの?」

 面倒くさい奴と思われる危険を冒してまでさらに突っ込んで聞くと、紙山さんが口ごもった。

「それはその……」

「あ、嫌なら無理に答えなくてもいいけど……」

 急に事実を知るのが怖くなって、あわてて質問を撤回した。

「嫌とかじゃないんだけど、ごめんね」

 室内に気まずい空気が漂って、間もなく蛍の光が終わろうとしていた。
 やっぱり紙山さんと原町くんは付き合っているのかもしれない。
 僕は暗い気持ちのまま曲をミュートにして、回転するレコード盤から針を上げた。



 あれから僕と紙山さんは、一言も口を利かないまま放送室を後にした。重い足取りで鍵を返却しに行くと、職員室の中に藤咲さんと原町くんがいた。

 二人はそろって向井先生の机にプリントの束を置いている所だった。藤咲さんがこちらに気がついて小さく手を振った。

「帰りの放送当番ごくろうさま」

「どうして原町くんがここにいるの?」

 原町くんと藤咲さん。珍しい組み合わせなので聞いてみると、藤咲さんが答えた。

「原町くんにもプリント持つの手伝ってもらったの」

「ということで、俺はもう行くから」

 原町くんはそう告げると、ひとりで職員室から出て行こうした。僕はそんな彼に声をかけるべきか迷っていた。

 原町くんはいつもぶっきらぼうだけど、信頼できる友人だ。だから僕が本気で知りたいと頼めば、紙山さんから本を借りた理由を教えてくれるはずだと思った。

「ねぇ原町くん。途中までだけど一緒に帰らない?」

 僕の呼びかけに彼は振り返り、「別にいいけど」と答えた。それから僕は紙山さんと藤咲さんにも続けて言った。

「良かったら、君たちも一緒にどうかな?」









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