第3話 駅にて
文字数 913文字
八月。猛暑真っ只中になっても、数研は週に二日のペースで活動を続けていた。
部活終わりの帰り道、田舎駅で電車を待つ僕の隣に松田さんが立った。その間隔、およそ五十センチ。部活中はずっと部屋の隅でゲームをしていたので、こんなに接近したのはあの日以来だった。
「お疲れさまです。斉木先輩も下り方面の電車なんですか?」
「あ、うん」
「こうして同じ電車に乗るのははじめてですね」
「ああ……そういえば初めてかもね」
松田さんが久しぶりに話しかけてくれた。さらにはこれから僕と同じ電車に乗ってくれるらしい。ただそれだけのことで嬉しくて目頭が熱くなった。
その後はお互い沈黙のまま、電車が来るまではしばらく時間があった。僕は緊張で喉がカラカラになり、自動販売機で飲み物を買うことにした。
「一本奢るよ」
仲直りの印に何かしたくて、自販機の前から松田さんに声をかけた。
「ありがとうございます。でもさっき買ったばかりなので」
彼女が鞄から飲みかけのペットボトルを出して見せた。中身は珍しいスイカ味のソーダ。きっと夏限定の商品だろう。
「果汁ゼロパーセントなのに皮の香りまで再現されているんです。よかったら先輩も飲んでみませんか?」
松田さんが水滴のついたペットボトルを差し出した。だけどそれをもらって飲むということは、彼女と間接キスをすることに他ならなかった。
その重大な事実に気づいていないかもしれないので、「松田さんのを僕が飲んじゃって本当にいいの?」と念を押した。すると松田さんは真意に気づいたらしく、「先輩がイヤじゃなければですけど……」と畏まってしまった。だから僕は彼女にこれ以上の恥を掻かせまいと、覚悟を決めた。
「じゃあお言葉に甘えていただきます!」
その飲み物は本当にスイカの皮の味がして、まるで彼女の唇を想起させる不思議な口当たりがした。
「美味しい……」
「ですよねっ!」
やがて電車が到着し、先に松田さんが乗り込んだ。彼女がふり返ると同時にドアが閉まって、電車は僕を駅に残したまま動き出した。
「斉木先輩?」
電車の中から松田さんの声がかすかに聞こえた。けれど僕は夢見心地のまま、電車が見えなくなっても、ただその場に茫然と立ちつくしていた。
部活終わりの帰り道、田舎駅で電車を待つ僕の隣に松田さんが立った。その間隔、およそ五十センチ。部活中はずっと部屋の隅でゲームをしていたので、こんなに接近したのはあの日以来だった。
「お疲れさまです。斉木先輩も下り方面の電車なんですか?」
「あ、うん」
「こうして同じ電車に乗るのははじめてですね」
「ああ……そういえば初めてかもね」
松田さんが久しぶりに話しかけてくれた。さらにはこれから僕と同じ電車に乗ってくれるらしい。ただそれだけのことで嬉しくて目頭が熱くなった。
その後はお互い沈黙のまま、電車が来るまではしばらく時間があった。僕は緊張で喉がカラカラになり、自動販売機で飲み物を買うことにした。
「一本奢るよ」
仲直りの印に何かしたくて、自販機の前から松田さんに声をかけた。
「ありがとうございます。でもさっき買ったばかりなので」
彼女が鞄から飲みかけのペットボトルを出して見せた。中身は珍しいスイカ味のソーダ。きっと夏限定の商品だろう。
「果汁ゼロパーセントなのに皮の香りまで再現されているんです。よかったら先輩も飲んでみませんか?」
松田さんが水滴のついたペットボトルを差し出した。だけどそれをもらって飲むということは、彼女と間接キスをすることに他ならなかった。
その重大な事実に気づいていないかもしれないので、「松田さんのを僕が飲んじゃって本当にいいの?」と念を押した。すると松田さんは真意に気づいたらしく、「先輩がイヤじゃなければですけど……」と畏まってしまった。だから僕は彼女にこれ以上の恥を掻かせまいと、覚悟を決めた。
「じゃあお言葉に甘えていただきます!」
その飲み物は本当にスイカの皮の味がして、まるで彼女の唇を想起させる不思議な口当たりがした。
「美味しい……」
「ですよねっ!」
やがて電車が到着し、先に松田さんが乗り込んだ。彼女がふり返ると同時にドアが閉まって、電車は僕を駅に残したまま動き出した。
「斉木先輩?」
電車の中から松田さんの声がかすかに聞こえた。けれど僕は夢見心地のまま、電車が見えなくなっても、ただその場に茫然と立ちつくしていた。