第2話 大雨警報
文字数 1,584文字
授業が終わって数学の教師が去った後も、担任の向井先生は教室に戻って来なかった。時間を持て余しているとそこに染川くんが来て、手にしていた漫画本を僕に見せびらかした。
「じゃーん、これがデビルマスクの豪華愛蔵版だ!」
「すごい、買ったの?」
デビルマスクは巷で人気のプロレス格闘漫画だ。連載が終了した今も名作と呼ばれ、衝撃の最終回がファンの間で語り草となっている。
「これまで未収録だった伝説のエピローグも入ってんだぜ!」
クラスでも飛びぬけてガタイのいい染川くんは、プロレスが好きでデビルマスクの大ファンだ。僕も漫画が好きなので、彼とは気が合った。
「また先生に取り上げられるぞ」
うしろの席で本を読んでいた原町くんが顔を上げてつぶやいた。
彼の言う通り、染川くんは普段から、学校にお気に入りの漫画を持ち込んでは先生に没収されるという日々を過ごしていた。なのに彼は、胸を張って得意げに言った。
「だけど今日は、ぜってーばれない自信あっから!」
「その台詞、聞き飽きたし」
もう聞く耳は持たないと、原町くんが読書中の本に視線を戻す。
「何を読んでるの?」
本にブックカバーがかかっていたので何気なく聞いた。彼はすぐに「水喜コウ」と答えた。ただそれは本のタイトルではなく、作家の名前だった。
水喜コウは若者を中心に人気の作家で、サイエンスフィクションとラブコメが融合した作風がファンに支持されている。原町くんは純文学作品ばかり読んでいるイメージがあったから、僕は意外に思った。
「へぇ、たまにはそういうのも読むんだね」
「まぁね」
クールな原町くんが、平常運転でぶっきらぼうに答える。
「なぁ、オレのデビルマスクも、ブックカバーしとけば先生にバレないんじゃないか?」
染川くんが自信満々で言ったけど、僕と原町くんは同時に首を横に振った。
ゴロゴロゴロ……
遠くの方でかすかに雷の鳴る音が聞こえる。窓の外を見ると、真っ黒な雲が空を覆っていた。やはり天気予報が言ったとおり、雨はこれから降り出すみたいだった。
「今の雷だよな?」
窓ぎわに移動して外を眺めると、暗闇に閃光が走った。
「きゃあっ!」
近くにいた女子が驚いて悲鳴を上げた。風も強くなってきて、大きな雨粒が窓を叩き始めた。やがてバケツをひっくり返したような豪雨になり、教室が騒然となった。
ビカッ! バリバリバリッ!
幾筋もの太い稲妻が雨を切り裂き、真っ黒な天空を駆け抜けた。
「すげー、まるで光の龍だ!」
染川くんが興奮して叫ぶ。他の男子たちもそれに乗じて騒ぎ出した。
「雷くらいではしゃいで。男子ったらバカみたい」
さきほど悲鳴を上げた女子が、迷惑そうに男子を非難した。他の女子たちも騒がしい男子に軽蔑の視線をむけた。
そんな中でも、紙山さんだけは自分の席で黙々と本を読んでいた。これだけの騒音に晒されているのにすごい集中力だ。それに彼女は、放送室で読書が好きだと話していたから、読書家の原町くんとも話が合うような気がした。今だって騒いでいる男子を他所に読書を続けているのは、紙山さんと原町くんの二人だけだった。
「先生を呼んでくる!」
しびれを切らせたのか、クラス委員の藤咲さんが声を上げて立ち上がった。するとその時、教室のスピーカーから校内放送が流れ始めた。
「全校生徒の皆さんにお知らせします。先ほどこの地域に大雨警報が出ました。警察からの要請もありましたので、全校生徒は全員下校を中止し、校内に待機してください。繰り返します。全校生徒は下校を中止して、雨が止むまで校内に待機してください。後のことは担任の先生の指示をよく聞いて行動してください」
こんな緊迫した状況にも関わらず、僕は放送を聞きながら密かに興奮していた。
何故なら学校でこんな緊急事態に遭遇するなんて、まるで学園もののパニック漫画みたいなスリル満点の展開だったからである。
「じゃーん、これがデビルマスクの豪華愛蔵版だ!」
「すごい、買ったの?」
デビルマスクは巷で人気のプロレス格闘漫画だ。連載が終了した今も名作と呼ばれ、衝撃の最終回がファンの間で語り草となっている。
「これまで未収録だった伝説のエピローグも入ってんだぜ!」
クラスでも飛びぬけてガタイのいい染川くんは、プロレスが好きでデビルマスクの大ファンだ。僕も漫画が好きなので、彼とは気が合った。
「また先生に取り上げられるぞ」
うしろの席で本を読んでいた原町くんが顔を上げてつぶやいた。
彼の言う通り、染川くんは普段から、学校にお気に入りの漫画を持ち込んでは先生に没収されるという日々を過ごしていた。なのに彼は、胸を張って得意げに言った。
「だけど今日は、ぜってーばれない自信あっから!」
「その台詞、聞き飽きたし」
もう聞く耳は持たないと、原町くんが読書中の本に視線を戻す。
「何を読んでるの?」
本にブックカバーがかかっていたので何気なく聞いた。彼はすぐに「水喜コウ」と答えた。ただそれは本のタイトルではなく、作家の名前だった。
水喜コウは若者を中心に人気の作家で、サイエンスフィクションとラブコメが融合した作風がファンに支持されている。原町くんは純文学作品ばかり読んでいるイメージがあったから、僕は意外に思った。
「へぇ、たまにはそういうのも読むんだね」
「まぁね」
クールな原町くんが、平常運転でぶっきらぼうに答える。
「なぁ、オレのデビルマスクも、ブックカバーしとけば先生にバレないんじゃないか?」
染川くんが自信満々で言ったけど、僕と原町くんは同時に首を横に振った。
ゴロゴロゴロ……
遠くの方でかすかに雷の鳴る音が聞こえる。窓の外を見ると、真っ黒な雲が空を覆っていた。やはり天気予報が言ったとおり、雨はこれから降り出すみたいだった。
「今の雷だよな?」
窓ぎわに移動して外を眺めると、暗闇に閃光が走った。
「きゃあっ!」
近くにいた女子が驚いて悲鳴を上げた。風も強くなってきて、大きな雨粒が窓を叩き始めた。やがてバケツをひっくり返したような豪雨になり、教室が騒然となった。
ビカッ! バリバリバリッ!
幾筋もの太い稲妻が雨を切り裂き、真っ黒な天空を駆け抜けた。
「すげー、まるで光の龍だ!」
染川くんが興奮して叫ぶ。他の男子たちもそれに乗じて騒ぎ出した。
「雷くらいではしゃいで。男子ったらバカみたい」
さきほど悲鳴を上げた女子が、迷惑そうに男子を非難した。他の女子たちも騒がしい男子に軽蔑の視線をむけた。
そんな中でも、紙山さんだけは自分の席で黙々と本を読んでいた。これだけの騒音に晒されているのにすごい集中力だ。それに彼女は、放送室で読書が好きだと話していたから、読書家の原町くんとも話が合うような気がした。今だって騒いでいる男子を他所に読書を続けているのは、紙山さんと原町くんの二人だけだった。
「先生を呼んでくる!」
しびれを切らせたのか、クラス委員の藤咲さんが声を上げて立ち上がった。するとその時、教室のスピーカーから校内放送が流れ始めた。
「全校生徒の皆さんにお知らせします。先ほどこの地域に大雨警報が出ました。警察からの要請もありましたので、全校生徒は全員下校を中止し、校内に待機してください。繰り返します。全校生徒は下校を中止して、雨が止むまで校内に待機してください。後のことは担任の先生の指示をよく聞いて行動してください」
こんな緊迫した状況にも関わらず、僕は放送を聞きながら密かに興奮していた。
何故なら学校でこんな緊急事態に遭遇するなんて、まるで学園もののパニック漫画みたいなスリル満点の展開だったからである。