第3話 予期せぬ災難
文字数 1,789文字
夕方、ゲーセンから戻った僕たちは、そのまま盆踊りにむかった。会場は住宅街にある小さな公園で、周辺の道路も狭くて辺りは混雑していた。設営されたスピーカーから流れる東京音頭。浴衣を着た大人たちが、やぐらを囲んでお手本のように揃って踊っていた。
「田舎の祭りなのに東京音頭かよ」
河野くんが会場に着くなり、お約束のツッコミを入れた。
「定番だからじゃないの?」
僕は適当に答えながら、人混みの中に服田さんの姿を探した。
「よくあんな所で踊れるよな。そうまでして目立ちたいか?」
砂利が敷かれた駐輪場に自転車を置いた。会場の方では、小学生くらいの子たちが大人に混じって踊っている姿が見えた。
「目立ちたいから踊るんじゃないと思うけど」
「じゃあ何で踊るんだよ?」
「楽しいから?」
じつは僕もよくわからなかった。ただ服田さんと一緒に踊れるなら、この夏一番の想い出になるような気がしていた。
「行こうぜ」
河野くんと出店が並ぶ通りを歩いた。焼きそば、りんご飴、かき氷、金魚すくい。町内会の小さなお祭りなので数は少ないけど、どの店にもお客さんがたくさんいて繁盛していた。
小腹が空いたので焼きそばを買った。でも会場内はどこも人だかりができていて、落ち着いて食事ができそうな場所がない。そこで僕たちは駐輪場に引き返して、自転車に跨って食べることにした。
「町内会の祭りなんてあまり面白くないな」
河野くんがたこ焼きを頬張ったままぼやいた。
「他にすることもないしね……あれ?」
焼きそばを食べようとして、僕は割り箸がないことに気づいた。
「おじちゃん箸忘れてる」
「これなら余ってんぞ?」
河野くんがたこ焼き用の長い楊枝をくれたけど、それ一本で焼きそばを食べるのは難しそうだ。
「やっぱり貰ってくるよ」
「じゃあここで待ってるわ。食い終わったら帰ろうぜ」
お腹が満たされて眠くなったのか、河野くんは大きなあくびをした。
彼を残して通りに戻ると、人の往来がさらに増えていた。いくら避けても人とぶつかりそうになるので気が滅入った。だから人混みは苦手なのだ。
どんっ。
周囲に気を配っていたのに、誰かの肩が大きくぶつかった。
「すみません」
「なんだおまえ?」
人でごった返しているにも関わらず、ぶつかった相手が無遠慮に立ち止まって、こちらを睨みつけた。
「ちょっと面貸せよ」
絡んできたのは、ガラの悪い二人組の少年たちだった。暗がりに連れ込まれたとたん、顔を殴られて目の前に火花が散った。脚に力が入らなくて尻もちをつくと、襟首を掴まれて無理やり起こされた。もうひとりの少年は金髪でガムをくちゃくちゃ噛みながら、無言で僕を見下ろしていた。
「ごめんなさい……」
謝ってもまたすぐに殴られた。昔から打たれ強いので痛みは平気だったけど、鼻の奥が熱くなって鉄の匂いがした。でも湯沢くんの関節技の方が数倍痛いと思った。
「ごめんなさい、じゃねぇんだよ」
今度は金髪の少年に腹を二回続けて蹴られた。それから彼らは、無抵抗の僕を面白半分に殴り続けた。なんでこんな時に河野くんがいないのだろうと思ったけど、もしいたとしても、二人ともサンドバックになるだけか。
「おーい窓木、大丈夫かぁ」
聞き覚えのある声がした。でも河野くんじゃない。少年たちの暴行が止んだので目を開けると、大きな人影が見えた。顔を殴られたせいで視界がぼやけて最初はわからなかったけど、目を凝らして見ると湯沢くんだった。そして彼のうしろには、浴衣姿の服田さんがいた。
なるほど、そういうことか。
昼間は服田さんが「私たちは行くよ」と言っていたので、浅倉さんと一緒に来るものだと勝手に決めつけていた。でも彼女の相手は湯沢くんだったんだ。
「なんだてめぇ?」
少年たちは僕を地面に捨てると、湯沢くんににじり寄った。このままじゃ服田さんも危ないと感じたので、少年の脚を掴んで「逃げて!」と叫んだ。でもすぐに空いた足で蹴られて意識が飛びかけた。
「こんな雑魚にボコられるとか、君はそれでも俺さまの実験台かい?」
湯沢くんは彼らを意に介せず、倒れている僕に声をかけた。
「おまえ、偉そうにしてるから死刑」
少年が死んだ魚のような目で唾を吐いた。彼らと対峙した湯沢くんは首をコキコキ鳴らしてからにやりとして、「でも服田を守ろうとしたのは偉い」と言いながら、格闘家のようなファイティングポーズをとった。
「田舎の祭りなのに東京音頭かよ」
河野くんが会場に着くなり、お約束のツッコミを入れた。
「定番だからじゃないの?」
僕は適当に答えながら、人混みの中に服田さんの姿を探した。
「よくあんな所で踊れるよな。そうまでして目立ちたいか?」
砂利が敷かれた駐輪場に自転車を置いた。会場の方では、小学生くらいの子たちが大人に混じって踊っている姿が見えた。
「目立ちたいから踊るんじゃないと思うけど」
「じゃあ何で踊るんだよ?」
「楽しいから?」
じつは僕もよくわからなかった。ただ服田さんと一緒に踊れるなら、この夏一番の想い出になるような気がしていた。
「行こうぜ」
河野くんと出店が並ぶ通りを歩いた。焼きそば、りんご飴、かき氷、金魚すくい。町内会の小さなお祭りなので数は少ないけど、どの店にもお客さんがたくさんいて繁盛していた。
小腹が空いたので焼きそばを買った。でも会場内はどこも人だかりができていて、落ち着いて食事ができそうな場所がない。そこで僕たちは駐輪場に引き返して、自転車に跨って食べることにした。
「町内会の祭りなんてあまり面白くないな」
河野くんがたこ焼きを頬張ったままぼやいた。
「他にすることもないしね……あれ?」
焼きそばを食べようとして、僕は割り箸がないことに気づいた。
「おじちゃん箸忘れてる」
「これなら余ってんぞ?」
河野くんがたこ焼き用の長い楊枝をくれたけど、それ一本で焼きそばを食べるのは難しそうだ。
「やっぱり貰ってくるよ」
「じゃあここで待ってるわ。食い終わったら帰ろうぜ」
お腹が満たされて眠くなったのか、河野くんは大きなあくびをした。
彼を残して通りに戻ると、人の往来がさらに増えていた。いくら避けても人とぶつかりそうになるので気が滅入った。だから人混みは苦手なのだ。
どんっ。
周囲に気を配っていたのに、誰かの肩が大きくぶつかった。
「すみません」
「なんだおまえ?」
人でごった返しているにも関わらず、ぶつかった相手が無遠慮に立ち止まって、こちらを睨みつけた。
「ちょっと面貸せよ」
絡んできたのは、ガラの悪い二人組の少年たちだった。暗がりに連れ込まれたとたん、顔を殴られて目の前に火花が散った。脚に力が入らなくて尻もちをつくと、襟首を掴まれて無理やり起こされた。もうひとりの少年は金髪でガムをくちゃくちゃ噛みながら、無言で僕を見下ろしていた。
「ごめんなさい……」
謝ってもまたすぐに殴られた。昔から打たれ強いので痛みは平気だったけど、鼻の奥が熱くなって鉄の匂いがした。でも湯沢くんの関節技の方が数倍痛いと思った。
「ごめんなさい、じゃねぇんだよ」
今度は金髪の少年に腹を二回続けて蹴られた。それから彼らは、無抵抗の僕を面白半分に殴り続けた。なんでこんな時に河野くんがいないのだろうと思ったけど、もしいたとしても、二人ともサンドバックになるだけか。
「おーい窓木、大丈夫かぁ」
聞き覚えのある声がした。でも河野くんじゃない。少年たちの暴行が止んだので目を開けると、大きな人影が見えた。顔を殴られたせいで視界がぼやけて最初はわからなかったけど、目を凝らして見ると湯沢くんだった。そして彼のうしろには、浴衣姿の服田さんがいた。
なるほど、そういうことか。
昼間は服田さんが「私たちは行くよ」と言っていたので、浅倉さんと一緒に来るものだと勝手に決めつけていた。でも彼女の相手は湯沢くんだったんだ。
「なんだてめぇ?」
少年たちは僕を地面に捨てると、湯沢くんににじり寄った。このままじゃ服田さんも危ないと感じたので、少年の脚を掴んで「逃げて!」と叫んだ。でもすぐに空いた足で蹴られて意識が飛びかけた。
「こんな雑魚にボコられるとか、君はそれでも俺さまの実験台かい?」
湯沢くんは彼らを意に介せず、倒れている僕に声をかけた。
「おまえ、偉そうにしてるから死刑」
少年が死んだ魚のような目で唾を吐いた。彼らと対峙した湯沢くんは首をコキコキ鳴らしてからにやりとして、「でも服田を守ろうとしたのは偉い」と言いながら、格闘家のようなファイティングポーズをとった。