第9話

文字数 2,681文字

 心咲と心吾は、〈花城高校文化祭〉と書かれた看板横の、カラフルな紙の花で飾られた校門を通り抜けた。
 花壇に挟まれた石畳の道を進む。(ハギ)秋桜(コスモス)桔梗(キキョウ)秋明菊(シュウメイギク)吾亦紅(ワレモコウ)、などの季節に合った花が植えられている。名前の通り、この学校では花が主のように扱われているみたいだ。まだ完全に咲き切っていない金木犀(キンモクセイ)の花壇からは、甘い桃のようなにおいがした。家の近所の林にも生えているので、このにおいがすると「秋がきた」という気分になる。
 カフェ、お化け屋敷、演劇、絵画展、美少女コンテスト、などと様々な文字が書かれた看板を掲げた女子高生たちが、各部の出し物に合ったコスプレをして石畳の道を歩いている。みんな美人なので、服装でしか違いがわからなかった。
 他校の生徒とおぼしき男子たちが、緊張した顔で花壇をなぞるように歩いている。六十七十くらいのお爺さんとお婆さんが、我が子に向けるような笑みを浮かべて花壇横のベンチに座っている。若い男たちが、メイド喫茶の呼び込みだと一目でわかる服装の女子たちを囲んでいる。チャイナ服姿の、長身で、二個のお団子頭の女子たちが、拳を鳴らしながらナンパをする男たちに近づいていく。幼い男の子と手を繋いだ女性が、ウサギの着ぐるみを着た女子からパンフレットを手渡されていた。心咲と心吾は、自分たちと大差ない身長の着ぐるみウサギから、パンフレットを一枚ずつ受け取った。子供連れの親子が、パンフレットを広げて行先の相談をしていた。煙草を取り出して喫煙所を探す若者のカップルが、校舎の裏のほうへ歩いていく。
「おっ! きたきた!」
 昇降口からどたどたと一人の女の子が出てくる。不思議の国のアリスの水色ワンピースと白エプロンに加え、金髪ロングのカツラまで被っているため、一瞬誰だかわからなかったが、近くにきてこちらを見上げる生意気な目つきで、心咲はその女の子が姉の心優だとわかった。
「久しぶりだな心吾!」
「え、マジで!? ココネーなのか!」
 心吾は声をかけられて、やっと本人だと気づいたみたいだった。
「めっちゃ可愛くなってる!」
「当たり前だろ。女子なんだから」
 心咲には心優が何を言っているのかわからなかったが、心吾はうんうん頷いていた。そんな心吾の肩を心優はガッと掴んで、自分の目線の高さまで引き落として言った。
「いきなりだけど心吾。あんた、ナンパ目的できた男共を追い払う用心棒になって」
「はい!? ちょっと待て! 本当に、いきなりだな!?」
「なんでだよ姉ちゃん! それおかしいよ!」
「何がおかしいの?」
「おれたちは文化祭に遊びにきた一般人です!」
 心優はエプロンのポケットから〈お手伝いさん♡〉と書かれたプラスチックのカードを二枚取り出し、心咲と心吾の胸にべたべたと貼り付けた。
「……何これ?」
 心咲と心吾はカードを見てキョトンとする。カードの裏にはマジックテープが付いており、ピンやクリップがなくても服にちゃんとくっついていた。
「じゃ、頑張ってね」
「い、いやいやいやいや……!」
 心咲と心吾は同時に抗議する。
「どういうことだよ、ココネー!?」
「姉ちゃん、おれたちに何させる気だよ!?」
「書いてあるでしょうが〈お手伝いさん♡〉って。あんたたちは花高文化祭を平和に終わらせるために雇われた、お手伝いさんだよ」
「そのためにオレを呼んだのか!?」
「正解」
 心吾は溜息を吐いた。めんどくさそうな顔をしているが、嫌がってはいない様子。用心棒という役割にも、心吾は納得しているみたいだった。
 確かに、心吾は強い。しかも、バックについているのは地元では有名な空手道場と、その師範だ。ツキノワグマを素手で殴り殺す〈熊殺(ゆうさつ)心寿郎(しんじゅろう)〉の息子に手を出したらどんな目にあうか、想像できる者は大人しくなるだろう。
「シンちゃんはいいけど、おれには用心棒なんて無理だよ」
「心咲には別の役割がある。こっちにこい」
 心優は心咲の手を掴んで引っ張った。
「えっ? ちょ、何なの、何する気なの?」
「それは、行ってからのお楽しみ」
「おいココネー! 用心棒って、具体的には何すればいいんだ!?」
「その辺をぶらぶらして、よからぬことを仕出かす奴がいたら注意すればいい。そんで、逆らったらぶちのめして追い出していいから」
「簡単じゃん! オレに任せろ!」
 無茶苦茶だが、心吾はやる気満々だ。
 心咲は、とっとと役目を果たして心吾と一緒に逃げ出そう、と決めた。
「……で、姉ちゃん。本当に、何をする気なの?」
 心優は無言で心咲を引っ張り、校舎の中を進む。階段を上って三階まで行き、生徒会室に入ったところで、ようやく手を放してくれた。
「心咲。あんたは可愛い。正直、ウチよりも可愛い」
「は?」
「肌が綺麗だし、ウチみたいにそばかす無いし、まつ毛が長くてパッチリ二重。胸が無いけどスマートで姿勢がいい」
「は?」
「あんたなら、伝説になれる」
 何言ってんだこの人は、と首を傾げる心咲を、心優は真顔で見つめる。
「ウチが生徒会長になったのは、花高の文化祭の内容を自由に作り替えることができる力が欲しかったからだ。ウチは手に入れた力を使って、高校生活最後の文化祭で、伝説を遺して去ることを決めた」
 心優は右手を腰に当て、左手の指で心咲を差した。
「あんたがそうだ、畠山心咲。……いや、タガワココロ」
「誰それ?」
「田んぼと川と心臓の(しん)で、田川(たがわ)(こころ)
「……で?」
「あんたは今日だけ、田川心に変態する。そして、〈美少女コンテスト〉に出て一年生の部で優勝する」
「変態は姉ちゃんだよ」
 心咲は怪文書を読まされている気分になってきた。
「知ってるとは思うけど、おれ、男だから。美少女じゃないから」
「でも、あんたは可愛い。女装させたらもっと可愛くなれる」
「女装……?」
 なんだか嫌な予感がしてきた。心優が何をしたいのか、なんとなくわかってきた。
「ここに座って」
 心優はパイプ椅子を持ってきて、心咲を座らせた。そして、たぶん家からくすねてきたであろう、長机に置かれている母親の化粧箱を指差し、不敵な笑みを浮かべた。
「ウチがあんたを美少女に変える。そして、コンテストで優勝させた後、田川心は消え去る。名前だけが、伝説として花高に残り続ける」
 常人には理解できないことをする心優に、何を言っても無駄な気がした。
「……一回だけなら、いいよ。でも、女装しているってバレたくないから、一言も喋らないから」
「喋ったらダメ。あんたはただ、石像みたいに突っ立っていればいい。形だけが残るから、伝説なんでしょうが」
 ああ、姉ちゃんみたいな人のことを天才って呼ぶんだな、と心咲は思った。
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