第11話

文字数 2,343文字

「心咲! 優勝おめでとう!」
 家に帰ってきた心優が、心咲の自室にきてクラッカーを鳴らした。ポップコーンみたいな破裂音に心咲はドキリとする。
「あんたのおかげで、花高に伝説を一つ、遺すことができた!」
「……よかったね」
 心咲は窓辺に立って、星を眺めていた。時刻は二十時を過ぎているため、星座を見つけられるほど、空には星の点が無数に浮かんでいる。
「あんな下手くそな演技でも優勝できるって変だよね」
 心咲がつぶやくように言う。
「もしかして、姉ちゃんが裏でコンテストの結果を変えたんじゃないの?」
「さぁ、どうでしょうね」
 心優がうそぶく。
「そんなことはもう、どうでもいいじゃん」
 心優は、自分勝手に生み出された田川心の後処理をまったく考慮していなかった。架空の人物とはいえ、本気で好きになった人は少なからずいる。心吾もその一人だ。心優はやりたいことをやって満足かもしれないが、心咲にとって、これは


 心咲は振り返って、心優に言った。
「姉ちゃん。シンちゃんが田川心に恋をしたんだ」
「おお! ……ん?」
 心優は一瞬喜んで、一瞬固まった。
「シンちゃんは、田川心ともう一度会いたいって言った」
「それは……」
 相手が弟のように可愛がっていた心吾だと、心優も完全無視を決め込むことができなかった。
「ちょっと、悪いけど……。はっきり無理って伝えたほうがいいかもね」
 田川心が架空の人物だと明かす選択肢は、心優には無いみたいだ。
「そんなこと言えるわけないだろ。おれ、シンちゃんの恋愛を潰したくない」
「じゃあ、どうすんだよ」
 強気で返した心咲に、心優も強く返してくる。
「まだ終わらせなければいい。伝説に続きを作ればいい」
「どういうこと?」
「おれがもう一度、田川心の姿でシンちゃんと会えばいい」
「マジで言ってんの?」
「うん」
 心優は新しいおもちゃを見つけた子供みたいに、目をキラキラさせた。
「そうなると、あんたは化粧をおぼえないと」
「いや、おれじゃあダメなんだ。田川心は、姉ちゃんにしか呼べないから」
 田川心の生みの親は心優だ。美少女コンテストで優勝するほどの高級感は心優にしか再現できないと心咲は確信していた。
「じゃあ、あんたが心吾と田川心の姿で会う日になったら、ウチが毎回、化粧しなくちゃいけないの?」
「姉ちゃんが始めたんだ。最後まで付き合ってよ」
「最後っていつだよ? 高校卒業したら、ウチは家を出るよ」
「わかってる。その前に終わらせる」
「終わらせるって、最終的には、ぶち壊すってこと?」
 心咲は返答に困った。
 一言も喋れない不愛想な田川心を演じれば、心吾は愛想をつかして自分から離れて行くだろう。
 しかし、偶然巡ってきた、心吾と男女のように恋愛できる機会を手放したくないという想いもあった。
「……とにかく、おれが何とかする」
 はっきりしないけれど、心優を協力させるためにはそう答えるしかなかった。
「ちょっと、シンちゃんに話してくる。田川心と二人きりで会う日にちとか、時間とか」
「一番早いのは明日だね。日曜日。ウチが家にいるから」
「わかった」
 心咲が自室から出ようとしたとき、心優が「あんたって……」と呟く。
「ん、何?」
「なんか、積極的だなぁって思って。あんた、実は心吾のことが……」
 そこまで喋って、心優は首を横に振った。
「いや、何でもない。一つだけ言っておくけど、田川心の伝説に悪い噂は付けないでね」
「わかってる」
 心優のために。心吾のために。そして、自分のために。心咲は、田川心を最後まで演じ切る。



「……ということで、田川さんと会えるよ」
 庭で心咲から話をきいた心吾は、小さくガッツポーズをとった。
 家に帰った後、心吾は自室で筋トレしていたのだろう。汗だくの顔でガッツポーズをとると、試合で勝利したときの姿に見える。
「明日の日曜日。田川さんが〈長老〉のバス停まできてくれるって」
「マジか! マジでか!」
 嬉しさのあまり、心吾の語彙力は崩壊していた。
「な、何しよう……! てか、何話せばいいんだ!? やべえ、なんか空手の試合よりも緊張するんだが! て、てか! わざわざ話繋いでくれてありがとな!」
「おれじゃないよ。姉ちゃんが田川さんと話をしてくれたんだ」
「マジか。携帯電話さえあればメアド交換できるのに、持ってないからなぁ……」
「田川さんも持ってないよ」
「マジかぁ……」
 心吾は悩んでいる。互いに連絡を取り合えないから、会いたいときは毎回、心優に頼まないといけない。自分のために心優を利用しているみたいに思って、それを続けていいのか悩んでいるのだ。
 けれど、どれだけ悩んでも田川心を諦められないのだろう。もう一度だけ会って満足する気はなさそうだ。
 それはそれで、心咲にとっては嬉しいことだ。心吾が諦めない限り、心咲は田川心の姿で何度も、これまで一度もできなかったデートを楽しむことができるからだ。
 とはいえ、心吾と田川心の関係には期限があって、心優が高校を出たら強制終了。どれだけ仲良くなろうとも、最後は別れるしかないのだ。心咲には、終わりが見えているのだ。しかし、心吾はもっと先の未来を見ているに違いない。別れる前提で付き合うなら、そもそも付き合わないし、心吾は女の身体が目的で行動するほど狼ではない。心吾は真面目に、ただ好きだから、田川心と一緒にいたいだけなのだ。
 そしてその気持ちは、心咲にもある。田川心の姿でもいいから、男と女の関係で心吾と付き合いたい願望がある。
 ……どうすればいい? おれは、どうすればシンちゃんと……。
 考えがまとまらないまま、心咲は心吾と別れた。
 明日のデートに備えて、早く寝ることにする。
 朝、目覚めたら女の身体になっていたらいいのに、と心咲は願って目を閉じた。
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