第4話

文字数 2,185文字

 帰りのホームルーム終了後、三時半頃に教室を出た心咲は、新校舎に迷いなく足を踏み入れた。
 昼休みの後から、心咲は心吾のことばかり考えていた。彼が喧嘩の主犯格として、厳しい罰を与えられていないか心配だったのだ。
 新校舎に入るのは初めてだったが、心吾のことが気になりすぎるせいか、他校生を見るような周囲の視線がまったく気にならない。
 失礼します、と一言いって、心咲は機械電気科の教室に入った。
「あの、すみません」
 掃除のため、室内にある椅子や机などを窓側に運んでいた一人の男子生徒に、心咲は声をかけた。
「五十嵐心吾君が、今どこにいるか知りませんか?」
「え、五十嵐君? 五十嵐君は……」
 男子生徒は抱え上げた机を床に置いて、心咲のほうを向いた。
「たぶん、もう帰ったと思うよ」
「……そうですか。喧嘩の話、きいてますか? 昼休みに五十嵐君が」
「ああ、あれね。五十嵐君が、ゴトウ君とネコヅカ君をやっちまったって」
 喧嘩の仲裁をする立場だった心吾が悪者扱いされている、という心咲の予想は、当たってしまった可能性が高い。
 心吾が今どうしているのか、余計に気になった。本人と話がしたい。
 それに、部外者の心咲が喧嘩に割り込んで、冷静だった心吾を怒らせるきっかけを作ってしまった件についても、本人に直接謝罪したかった。
「ありがとうございます」
 情報提供してくれた男子生徒に頭を下げ、心咲は機械電気科の教室を出た。
 ……シンちゃん。今どこにいるんだろう。
 中学生のときの心吾は学校が終わるとすぐ家に帰っていた。部活動はやっておらず、そこだけは高校生になっても変わっていない。
 でも、その代わりに心吾は、週に二回、極真空手の道場に通っていた。心吾の父親が師範を務める道場だ。〈熊殺(ゆうさつ)心寿郎(しんじゅろう)〉の異名を持つ父親に、心吾は小学一年の頃から鍛えられていた。
 道場に行く曜日が変わっていなければ、心吾は今日、フリーのはずだった。
 心吾のことをあれこれ考えながら、心咲は外に出た。自転車置き場に行くと、心吾のロードバイクが無くなっていた。心吾は家に帰ったか、どこかで寄り道しているか、そのどちらかだろう。とりあえず、学校の外にいるということはわかった。
「ん? お前……」
「昼休みのときの奴じゃね?」
 自転車置き場にぎゅうぎゅうに並べられた自転車を引っ張り出していた二人の男子生徒が、心咲に声をかけてきた。
 昼休みの終わりにもめていた、ネコちゃんとゴッちゃんだった。
「ネコヅカさんと、ゴトウさん?」
「おう。また会ったな」
「お前、部活やってねーの?」
 ネコちゃんが心咲にきいた。
「文芸部です。これから行きます」
「なんで敬語? 同い年(タメ)だろ」
 あまり仲良くない人が相手だと敬語になってしまうのは心咲の癖だった。
「てか、部活やってんのに、何でここにいんの?」
「五十嵐君と話がしたくて、まだ学校にいるか調べてました」
「自転車無いから、あいつもう帰ったよ」
 ゴッちゃんが顎をしゃくる。
「てかさ、昼休みの

、悪かったな。お前、オレらのこと、止めようとしてくれたのに」
 心咲と目を合わせず、ゴッちゃんが言う。
「え?」
「お前、意外と根性あんだな。心吾からきいてた話と、全然違うじゃん」
「えっ!? シンちゃん、おれのことなんか言ってたんですか!」
 ネコちゃんとゴッちゃんは「シンちゃん」と呟き、何故か笑った。
「そうだな……。

と小学とか中学の話をしているとさ、あいつ、必ずお前のことを話に出すんだよ」
「ど、どんなこと言ってました!?」
「『喧嘩が弱いから、バカ共に狙われたら、オレがいつも助けてた』とか、『あいつは頭がいいから、いつも勉強を教わっていた』とか」
 ネコちゃんが返答をする。頭がいい、というのは言い過ぎだが、それ以外は合っていた。
「そうなんですね……。シンちゃん、そんな風におれの話をしているんだ」
 心咲の口元が自然と緩んだ。
「たまには

に会いに行ってやれよ。あいつ、寂しがってたぞ」
 ネコちゃんが

を強調させて言う。
「そうなんですか!?」
「『最近、あいつと話してないな』って、寂しそうに言うんだよ。お前、あいつに相当好かれてると思うぜ」
 喋りながら、ゴッちゃんは引っ張り出した自転車に跨った。「あー、反省文だりぃな」と呟く。
「反省文? 昼休みの、ですか?」
「そうそう。喧嘩したことを謝罪する文を書けって、先生(センコー)から紙もらった」
「めんどくせー。仲直りしたんだから、そんなもん書く必要ねーよな」
 ネコちゃんが溜息を吐いた。自転車に跨り、ゴッちゃんの隣までつま先で進む。
「心吾も紙もらってた。反省文書くために、あいつ、早く帰ったんじゃねーの?」
 それはあるかも、と心咲はゴッちゃんの言葉に納得しかけた。
「じゃ、帰るわ。部活頑張れよ」

によろしくな~」
 仏頂面で自転車をこぐゴッちゃんと、

がツボに入ったのか、ニヤニヤしながらその後ろをついて行くネコちゃんを心咲は見送った。
 結局、二人が喧嘩した理由はわからなかったが、大ごとにはなっていないみたいだ。一階ロビーで怒鳴り合っていたのが嘘みたいに、仲良しになっている。
 ただ、心吾だけが先に帰った、という部分が少し気になる。
 やっぱり、直接、本人には会っておきたい。部活が終わったら、久しぶりに心吾の家に行ってみよう、と心咲は思った。
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