第10話

文字数 2,520文字

「お集りの皆様! 大変お待たせいたしました!」
 舞台上の心優が、アリスの格好のまま、マイク片手に高らかに言う。
「只今より、花高文化祭のメインイベント! 美少女コンテストを開催いたします!」
 体育館に集まった人々が一斉に拍手した。
 舞台上でパイプ椅子が並べられた客席に向かって、オークションみたいな空気の中、自分がどれだけ美少女コンテスト開催を待ち望んでいたのかを心優はオーバーリアクションで語っている。
 舞台袖で他の参加者と一緒に待機していた心咲は、息をするのにも気を遣いながら、「さっさと終わらないかな」と思っていた。
 今、心咲は心優の制服と、黒髪ロングのカツラで女子の姿になっている。化粧までする徹底ぶりだ。トイレの鏡で見たが、確かに、そこにいたのは心咲の知らない女子だった。
 隣にいる女子が、「何組?」と心咲にきいてくる。喋ったら一発で男だとバレるため、心咲は苦笑いして、カツラを両手でぐぐっと押し、長い前髪で目を隠した。女子の興味が他の女子へと伝染し、「めっちゃ可愛い」、「こんな子、この学校にいたんだ」と、コソコソ声がする。
 心優のメイクは思った以上にレベルが高く、今のところ、心咲が男だと気づいている女子は一人もいなかった。
 心咲は、アリスのコスプレをした魔法使いに魔法をかけられたのかもしれない。魔法を解く方法は、ただ一言、声を出すだけだ。心咲は唇をピッチリ閉じて、周囲の女子たちの声をひたすら無視し続けた。
「はい! それでは、一年生どうぞ!」
 心咲はハッとなった。ついに、出番がきてしまったのだ。
 心優が舞台の端で、心咲をものすごい形相で睨んでいる。心優の「早く出ろ!」という心の叫びがきこえた。
 いつの間にか、心咲の後ろに一年女子の列ができている。自分が先に舞台に出て行かなくてはいけないのだと察し、心咲は俯いたまま出て行った。
 客席にいる男共が「おー」だの「すげー」だのと言って手を叩き騒ぐ。心咲は正体がバレないかドキドキしながら、事前に心優から伝えられていた定位置に立った。その隣に、他の一年女子たちが並ぶ。みんなしっかり、自信を持って前を向いて立っていた。心咲だけが猫背気味でそこにいる。もっと姿勢を傾けたら、顔が前髪で完全に隠れそうだ。制服ではなく白いワンピースを着ていたら、完全に貞子である。
 心優が何か喋っているが、心咲の耳にほとんど入ってこない。とにかく、早く終わってほしい。そのことしか頭にない。「おい、おーい」と心優に小声で呼ばれて、心咲は顔を上げた。
「アピールタイムだ。何かやれ」
 心咲はギョッとした。自分はただ、突っ立っているだけでよかったのではないのか。「何すればいいんだよ!?」としかめっ面で応えると、心優はじれったそうに足踏みした。
 声を出さずにできることといったら、お辞儀くらいしかない。心咲はそれ以外に、アピール手段が思いつかなかった。
 心咲は、前で組んだ手をもじもじさせながら、ペコリ、とお辞儀した。
 男共がまた、ごちゃごちゃと騒いだ。人生で初めて、心咲は男の声が気持ち悪いと思った。
 出番を終え、舞台袖に戻り、そのまま裏口まで一直線に向かった。
 ……もうダメだ。姉ちゃんには悪いけど、これ以上は付き合っていられない。
 心咲はコンテストの結果を待たず、体育館を飛び出した。くるときに着ていた服がある生徒会室に直行し、手早く着替えて、トイレの水道の水で無理矢理化粧を擦り落とした後、階段を一階まで駆け下りた。
 そのまま帰ってもよかったが、用心棒にさせられた心吾の魔法も解いておくことにした。
 とはいえ、もしも心吾がまだ残りたいと言ったら、一人で家に帰る。心吾にも悪いが、心咲は一秒でも早く逃げたかった。
 心優のために身体を張ったのは心咲が選んだから。高校生活最後の頼みを、仕方なくきいてやっただけだ。
 でも、心咲はちゃんと女子を演じられなかった。演じることができた自信がなかった。あの場にいた何人かに、男だとバレている気がするのだ。そして、男が女装して美少女コンテストに出るなんて、変態の発想だ。心咲はその後の生活を変態として過ごすことになるかもしれない。
 何度も溜息を吐きながら、心咲は心吾を捜した。体育館からぞろぞろ出てくる男共の中に心吾を見つけ、駆け寄った。
「おう、心咲。……ん? なんか、顔濡れてないか」
「ちょっと、トイレで顔洗ってたから」
 心咲は腕で顔を拭った。トイレで化粧落としをしていたとは、事情を知らない心吾には悟られないだろう。
「ま、いいや。ココネーの頼み事、終わったのか?」
「終わった。肉体労働だった」
 そう答えて、心咲は胸に張られたカードを引きはがした。
「マジか。大変だったな」
 心吾は心咲が汗を洗い流すために顔を濡らしたのだと納得している様子だった。
「シンちゃんは、どうなの? まだここにいる?」
「オレのほうは、どうしようかな……」
 心吾は心優を捜すように、キョロキョロ辺りを見回した。
「姉ちゃんには、後でおれから言っておくよ」
「ああ、そうか……」
 心吾は、他にも言いたいことがあるような顔をしていた。
「どうかした?」
「オレ、お前と違って仕事らしい仕事はしてないけど、いちおう、やることはやったと思うんだよ。美少女コンテストで変なことする男がいないか見張ってたから」
 なんだかはっきりしない口調の心吾。まさかとは思うが、心吾は美少女コンテストに女装して参加した心咲に気がついていたのでは、と心咲は嫌な想像をしてしまった。
「シンちゃん、見てたんだ……」
「ま、まぁな……」
 心咲が黙ると、心吾も黙った。気まずい空気だった。絶対にバレた、と心咲が絶望しかけたその時、心吾が先に沈黙を破った。
「お前に、というか、ココネーに頼みがある」
「え?」
「実はオレ、好きな子ができたんだ……」
「えっ!?」
 心咲の視線から逃げるように、心吾はこちらに背中を向けた。
「ひ、一目惚れってやつ……。バカみたいだろ? でも、本当なんだよ……」
 心吾は心咲のほうに向き直り、頬を赤く染めて言った。
「美少女コンテストの一年生の部で優勝した田川心って女子がいるんだが……。その子のこと
が、好きになった」
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