Stage6 その後 2

文字数 2,855文字

「さ、まだ残党がおります。李命(りめい)殿に合流し最後の仕事をしましょう」


「……待て」


声がした。


まさかと思うだろう。誰でも。


吉備守(きびもり)もおそらくそうだった。


しかし嫌な気配を察した彼が勢いよく振り返った先には、首のない鬼王(きおう)キリコの胴体だけが立っていた。


「忘れ物だ。返すぜ」


地面に転がった首の唇が動いた瞬間、鬼王(きおう)の腕が動いた。


その手には先程まで和邇(わに)ナキマの背に突き刺さっていた太刀が握られていた。そのまま振り下ろされた刃は吉備守の肩から腹にかけてを一瞬にして切り裂いていた。


「は、はは……首を斬られてなお喋るとは、どこまで醜悪な、」


次いで腕は自らの心臓に刺さった鉈を引き抜き、吉備守(きびもり)の胸に勢いよく打ち込む。


血を吐き、あっけなく吉備守(きびもり)はその場に倒れ込んだ。


鬼王の腕はついさっき自分がそうされたように、その首を素手でいとも簡単に捩じ斬った。物言わぬ吉備守(きびもり)の目には最後まで、ただただ嫌悪の色だけがあった。



「脆いな、人間は。首を斬られただけで死ぬか」


地面の上で、鬼王(きおう)の首が嘲笑した。

 


――――――――――

 


「大将、こっちだ!」


しばらくして、静かになったその場にいくつかの足音が近づいてきた。


三匹の魔獣と兵を引き連れた皇李命(すめらぎのりめい)だ。


別ルートを進んだ彼らは彼らで鬼を(ほふ)りながら、ここへ辿り着いたらしい。


「うわ」


先頭をきっていた魔獣たちが、真っ先に異変に気づいて足を止めた。


地面や壁、天井までもが、多量の血や肉片で汚されていたからだ。


後からやってきた皇李命(すめらぎのりめい)もその惨状に眉を寄せる。


「……これは」

「来たな、皇李命(すめらぎのりめい)

宇羅部(うらべ)キリコ」


死で溢れかえったその場の中央で、生きているのは鬼王(きおう)キリコだけだった。


一度は切断された首はかろうじて繋がっていたが、全身ぼろぼろで、目も見えていないようだったが、それでも生きて立っていた。


「貴様がやったのか」


名を呼ばれた李命は、臆することなく前に出た。


「そうだ! どいつもこいつも脆いったらねえ! 百人がかりでも俺を殺せねえんだ! この人数でやれたのはこのナキマだけ! 哀れなもんだな、人間ってのは!」


笑う鬼王(きおう)の足元には、四肢を失い全身を赤く染めて絶命している和邇(わに)ナキマの姿。


それから骨とはらわたを残して食い荒らされた人間の胴体。その傍に吉備守矢津彦(きびもりやつひこ)の首が捨て置かれていた。


「……吉備守(きびもり)殿」


李命(りめい)は少しの間目を伏せたが、すぐに鬼王(きおう)を見据えた。


鬼王(きおう)李命(りめい)の反応を待っている。


問答無用で襲いかかって来ないのは、これが最後だと、すべてを決する頭領同士の一騎討ちになるとわかっているからなのだろう。


それは李命(りめい)も同じだ。


だから刀を抜くより先に、自分がこれから倒す相手に言葉を投げかけることを選んだ。


「……鬼王(きおう)。実のところ私は、お前たちを憎いと思ったことはなかった」

「あ?」

「平和な世界を取り戻したい。誰も犠牲にならず、誰も血を流さなくて済む世の中にしたい……この李命(りめい)を動かしているのはその夢だけだった。戦いのさなか、何人もの仲間を失った。痛ましい死ばかりだった。それでも悲しみこそすれ、怒りや憎しみを抱くことは不思議となかった」


淡々とした、しかし嘘のない言葉だった。鬼王(きおう)の表情は変わらない。


「だが吉備守(きびもり)殿は」


李命(りめい)はそこで初めて言葉を切り、すでに息のない吉備守(きびもり)の亡骸を見た。


「彼は表向きは柔和だが、その表の面ではとても隠せぬほど強い憎悪と怒りを内に飼っていた。鬼という生き物への憎しみこそが彼の原動力だったように思う……その苛烈さを恐ろしいと感じたこともあった」


戦いに身を捧げてきた李命(りめい)だった。

清廉で酒も女もやらず、愚痴のひとつもこぼしたことがなかった。

そんな男が今、おそらく初めて、ひとりの人間に抱いた印象を言葉にしていた。


「だが思う。そうして彼がいつも怒りを露わにしてくれていたからこそ、私は何も憎まずにいられたのかもしれないと」


李命(りめい)が刀に手をかける。


どんな相手に対しても敬意あるまなざしを向けてきた瞳に、はっきりとした殺意が宿った。


「戦友の矜持、私が引き継ごう」


「長え遺言は終わりか?」


鬼王(きおう)よ、この皇李命(すめらぎのりめい)が、今初めて抱いた怒りと憎悪によって、貴様を討伐する!」

 

 



 

━━━━━━━━━━

 


かくして、人と鬼の戦いの歴史はここに幕を閉じる。


人は勝利を掴んだ。


鬼王(きおう)キリコは皇李命(すめらぎこりめい)によって討たれ、鬼ヶ島は解体された。


朝廷の(めい)により残党の鬼は狩り尽くされ、後の歴史では幻の生き物として語られた。


回楼京(かいろうきょう)は変わらず東の砦として機能し続け、国の英雄となった皇李命(すめらぎのりめい)は、鬼との戦いで疲弊した世が落ち着くまで、城主として(みやこ)を守り続けた。


これにて終い。

めでたしめでたし。

 

 


【妖怪ノヅチ】

うわばみヶ原の藪の中で、変わらず暮らしているようだ。

 

三獣士(さんじゅうし)

鬼退治の功績を称えられ、(みかど)より人間の貴族としての名を与えられたが、三名とも人間になることを良しとせずこれを返上した。皇李命(すめらぎのりめい)との主従関係は断たれ、また山で三味線を弾く生活に戻っていった。

 

吉備守矢津彦(きびもりやつひこ)

宇羅部(うらべ)キリコの手によって、鬼城(きじょう)にて戦死した。

 

和邇(わに)ナキマ】

吉備守矢津彦(きびもりやつひこ)によって討死。ヨグノツルギは姿を消した。

 

宇羅部(うらべ)キリコ】

鬼城(きじょう)にて、皇李命(すめらぎのりめい)に敗北。心臓を抉り出し首を斬っても死ななかったため、胴体は神の鉱石ヒヒイロカネの杭に串刺しにした状態で鳥獣に食わせ、首は力のある陰陽師によって封印が施された。この首は今も、とある神社に眠っている。

 

皇李命(すめらぎのりめい)

鬼ヶ島から帰還し、国の英雄となった。

しばらくの間は回楼京(かいろうきょう)の城主を勤め続けたが、ある日、(すめらぎ)の姓とともにその地位を朝廷に返上した。


その後旅人となり、妖怪や獣の被害で困っている村や町を訪れては人助けをし続けた。


長く国中を放浪し、最後は生まれ育った故郷の(すもも)の花が見える丘で自ら命を絶った。

 



「Ending1 李下に死す」

 


……これがこの世界の終わり、なのか?

(……違う)



こんなはずじゃない。


こんなはずじゃなかった。


確かに私にとってこの物語の結末はまだ、雲に覆われた山の頂のようにおぼろげなものだったが、けれどこの結末は違う。


あの子に捧げる物語の最後は、こんな救いのないものじゃないはずだ。


どこだ? どこで間違ったんだ?


書き直さなくては。



もう一度。

 

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色