※EP 法螺吹き男と一千夜 4

文字数 2,940文字

【夜は明け。次の夜も明け。さらに季節をいくつか超え、またある夜】

 

「ねえ(つぐ)さんこれ見て」


「いいですよ。なになに、ええとヨグノツルギ?」


「え!? あー!! だめ待って違うこれじゃない!」


「び、びっくりした……手帖(てちょう)間違えたんですね。大丈夫、一瞬だったので何も見てませんよ」


「うう、嘘だ、絶対見た……」


「い、いや、その、スミマセンちょっとだけ……」


「バレちゃったから仕方ない。ちょっと恥ずかしいけど」


「あのね、うんとね、僕も、(つぐ)さんのお話に出てきそうな武器とか人物とか、体調が良い時とかに、ちょっと考えてて……駄目じゃなかったら一個くらい登場させてくれたらうれしいな、なんて……」


「え? そんなこと考えてくれてたんですか? それは作者冥利に尽きますね。嬉しいです」


「ほんと!? じゃあこれとかどうかな?」


「ヨグノツルギ……ああ、さっき見えた。これは剣でしょうか?」


「うん。デバイスを製造する技術って、もともと鬼ヶ島にあったものでしょう? でもデバイスの材料となるヒヒイロカネは本島でしか取れない。じゃあ鬼達は何を使ってデバイスを作っていたんだろうって考えて」


「きっと本島にはない、鬼ヶ島にしか存在しないヒヒイロカネのようなものがあって、それで作っていたんじゃないかなって」


「反物質とか暗黒物質とか、いろいろ考えたんだけど、こないだ変な夢を見てさ」


「夢?」


「うん。手に大きなカギを持っていて、外つ国の人みたいな不思議な服を着た人が立ってるの。あたりは真っ暗で、うねうねした触手がたくさん動いているんだ。それで、その人が僕に何かくれたの。錠前(じょうまえ)の形をした黒い何かで、手のひらに収まるくらい小さくて軽いんだけど、本当はものすごく大きなものなんだってわかるんだ。もしかしたら生き物なのかもしれない。その人はそれをヨグって呼んでいた」


「夢はそこで終わっちゃった。よくわからない夢だったけど、でもヨグはとてもすごい力を秘めたモノなんだと思う。だからそれが剣になったらすごく強いよ、絶対」


「(わ、和邇(わに)様、めっちゃ喋るじゃん……目キラキラしてる)」


「(考えてみれば、この子は生まれてからずっと外へ出たことがないんだ)」


「(きっと、病気で苦しくて。そんな時だって誰もそばにいてくれなくて。寂しくて、退屈で)」


「(知らない場所へ行って、知らない人や生き物と出会い、知らないことを知る……そんな当たり前の経験さえ、架空の物語の世界の中でしか得られない)」


「(そうか。私の話、いつも真剣に書き留めているもんな。何度も読み返しながら、一生懸命考えてくれたんだろうな……)」



「ちなみにどういう剣なんですか、このヨグノツルギというのは?」


「これは李命(りめい)じゃなくて鬼が使う武器なんだ。生きている剣だけど普段は眠ってる。それで、持ち主の感情が大きく動いたときにだけ目覚めるんだ」


「目覚めたヨグノツルギに少しでも触れた者は違う世界へ引きずり込まれてしまう。血も出ない。痛みもない。何が起こったのかもわからないまま消滅してしまう」


「剣の形をしているけど、この剣は生きているから形も変わる。使う者の感情が大きく動けば動くほど、剣も膨張して、街のひとつくらいはまるごと飲み込んでしまうんだ」


「つ、つっよ……」



「(いやいやいや! 強すぎるだろう、これはダメだ。デバイスの量産を封印したのに、敵サイドにそんなえげつない武器使われたらどうやって倒しゃいいんだよ。パワーインフレがすごいことに……!ごめんなさい和邇(わに)様、こんなチート武器を出すわけには……)」


「……ど、どうかな? 採用してくれる?」


「うぐ」


「(そんな期待した目で見ないで……!)」


「(そ、そもそも、この物語は和邇(わに)様のために作ったものなんだし、彼が気に入るようにするのが最優先なのでは……)」


「(いやいやいや! そのせいで全体の収集つかなくなったら元も子も……!)」



「…………だめ、かな?」


「素晴らしいと思います!」


「ヒヒイロカネが本島でしか採れないという話、よく覚えていてくださいましたね。確かにその通りです。ならば鬼は何を原料にしてデバイスを作っていたのか……その疑問、着眼点、想像力、本当に素晴らしいです」


「ほんと? じゃあ……」


「ええ。『考えてみます』」


 


【その日の深夜】


自室にて。

 

「あー!どうすんだこれもうー!」

 


【別の日】


これまた自室にて。

 

「しまった、だめだだめだ、紫鬼(しおに)毒蠍(どくさそり)の弱点、前に倒した緋々龍(ひひりゅう)と完全に被ってる…! ここを変更するってことは、こっちのエピソードも丸々削って……あーここから書き直しか〜!」

 


【ある日の日中】


たまたま顔を合わせた領主の前で。

 

「おい長良(ながら)! ちゃんと和邇(わに)に読み書きは教えてるんだろうな!」


「はい!」


「サボるなよ。タダ飯を食わせるために、お前をここに置いているわけじゃないからな。そのことを忘れるなよ!」


「もちろんです!」


「まだつまらんおとぎ話も続けているそうじゃないか。まったく和邇(わに)もいつになったら飽きるのか」


 

【ある日の夜】


和邇(わに)の部屋。

 

(つぐ)さんあのね、物語の中で起きた出来事の順番を整理するために年表を書いてみたんだ。で、今の時点で李命(りめい)が生まれて18年経ってるでしょう? そう考えると帝の年齢ってさ……」


 

【ある日の深夜】


自室にて。

 

「ほんとだ明らかに年齢の計算がおかしい!!」


 

【ある日の日中】


自室。

 

長良(ながら)さん、ご飯置いときますよー……あれ、寝てる?」


 

【ある日の日中】


領主に見つかるなり。

 

長良(ながら)! 女中から聞いたぞ! おまえ、最近昼まで眠りこけてるそうじゃないか! 夜の一刻ほどしか仕事をしていないんだから、せめて朝くらいきちんと起きろ! 特に、用意してもらった飯を無駄にするような罰当たりなことは絶対にするなよ!」


 

【ある日の夜】


今夜もまた、和邇(わに)の部屋へ。

 

(つぐ)さん、こんばんは! 待ってたよ!」

 


【ある日の日中】


自室の机の前に手帖(てちょう)を広げ。

 

「(そろそろヨグノツルギをどう登場させるかを考えないと…)」


「(いや、むしろどうやって登場させない方向に持っていくか、なんだけどさぁ…)」


 

【ある朝】


自室の机にて。

 

長良(ながら)さーん。ご飯で……あら、起きてる珍しい」


「…………あれ、もう、朝」


 

【ある日の夜】


「おやすみなさい和爾(わに)様。また明日」

 


【またある日。夕刻】


「(もう夕方。今日の分をまとめないと。早くしないと、また夜が来る)」


「(ヤバい。何も浮かばない)」


「(考えることを脳が拒否している……疲れた。わけわかんなくなってきた)」





ある日。ある日。そのまたある日。


毎日毎日。毎夜毎夜。


もうやめたい。

いい加減終わりにしたい。


いつまでこれ続けなきゃいけないんだっけ?

和邇(わに)様が飽きるまで?


でも、もう飽きたって言われたら、私はどうなるんだ?




この家に来て、(すもも)の木から生まれた少年による鬼退治の物語を紡ぎ始めて何度の夜を超えたのか。気づけばもう、季節は一巡、二巡、三巡しようとしていた。

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