※EP 法螺吹き男と一千夜 3

文字数 6,170文字


少年は相変わらずいつも布団の中にいた。だが男がやってくると、起き上がって嬉しそうに迎えてくれる。


(つぐ)さん!」

「こんばんは。お加減はどうですか、和爾(わに)様」


その布団の脇に男は座る。もう監視役もいなければ手枷足枷もない。大手を振ってこの部屋に入ることができる立場になった。


「ねえ(つぐ)さん、見て見てこれ」

「どれですか?……おお、すごいじゃないですか、上達しましたね」


男は教育係として、本格的に少年に読み書きを教えていた。

と、いうか他に教えられるものがなかった。貴族らしい所作(しょさ)や心の在り方、一般常識などは、人に教えるどころか男自身がまともに身に着けていない。なので、そのあたりは元々のちゃんとした教育係に任せることになっていた。領主がそこは絶対に譲らないと言っていたし、その方がいいと男も思う。


言ってしまえば男は彼の教育係というよりも遊び相手。よそからやってきた庶民と交流することが、少しは少年のガス抜きになるだろうという狙いなのだ。幸い、こうして彼は男にとても懐いている。


「その日の話がどこまで進んだか、書き残すようにしたんだよ。何日か経つと細かいところを忘れてしまうから」


「ま、マジですか。字に残されちゃ、ますます思いつきで話せなくなりますね……」


和邇(わに)は頭のいい少年で、少し教えればみるみる自分のものにした。


自分自身が文字を覚えるのにかなり苦労したことを思い出し、生まれ育ちが違うとこうも違うのかと少し悲しくなったが、それでもこうして教えたことを身にして貰えるのは嬉しかった。


「ええと昨日は、妖怪ナイトメアバットに住人全員が洗脳された村を、“黎明(れいめい)(かがみ)”を使って救ったところで終わったんだよね」


少年李命(りめい)は見事妖怪退治を成し、その後も武勲(ぶくん)を立て続けました。


そうなれば李命(りめい)の名は一躍(いちやく)街に(とどろ)きます。


その噂はとあるお方の耳にも入りました。とても偉い、普通ならとても会うことなど叶わないお方……そう、帝です。


帝は李命(りめい)を朝廷に呼びつけて、ある試練を課しました。


この近くには朱桐大橋(しゅとうおおはし)という橋があり、都市間の流通の要となっていました。


近ごろそこで三人のならず者が、毎日のように爆音で三味線を弾いて大暴れしているというのです。


しかし数々の妖怪・化け物を退治してきた李命です。ごろつきの三人程度であれば、彼の敵ではありません。


しかし、どうもこやつらも人間ではないようなのです。帝が要求したのはこの者どもの正体を見破り、何故暴れているのかを聞いて、居るべき場所へと帰らせることでした。


帝は言います。『この試練を乗り越えたなら、汝を我が子として迎え、”(すめらぎ)”の姓を与えよう』


「それは出世ってこと?」

「そりゃあもう大出世です」

「そっかあ。でも、そうなったらおじいさんとおばあさんが悲しむよ。李命(りめい)もふたりのことが好きなんじゃないの?」

「もちろん。しかし男児は身を立ててこそ。立派な人間になることが、ふたりへの何よりの恩返しなのですよ」


こうして過ごす時間はあまり長くはない。夜に飲んだ薬が効き始め、和邇(わに)の体調が穏やかになって、それから眠るまでの一刻ほど。


「さて、和邇(わに)様、そろそろお休みになられた方がよろしいかと」

「うん、ちょっと眠いかな……」

「では、今宵(こよい)はここまで」


夜、幼子(おさなご)に聞かせる寝入りばなのささやかな御伽噺。


親子であればこのまま眠りにつくまで添い寝でもしてやるのかもしれないが、自分はこの子の親ではない。少年もそれを弁えているからか、男の前で眠りこけたりしたことは一度もなく、いつも男の姿が扉の向こうに消えるまで見送ってくれる。


「おやすみなさい、また明日」

 

なんとも不思議な関係だった。

これが毎日続いた。


【ある夜のこと】


「なんとこの3人のならず者の正体は魔獣だったのです」


「彼らはもともと遥か東にある加羅巣多山(からすたやま)に住んでいて、そこでも悪さばかりしていました。耳のいい山犬は、旅人が通りかかるとすぐに気づき、脅かして追剥三昧(おいはぎざんまい)。猿は口達者(くちたっしゃ)で、道行く人を騙しては金品を盗み取り、キジはとても目がよくて、旅人の行く先に先回りして罠を仕掛け、嫌がらせをして楽しんでいました」


「魔獣たちの主人にあたる山の神も、彼らの行いには困り果てていました。そしてある日耐えかねて、彼らを山から追放してしまいました。よそで同じことをしないよう、それぞれの自慢である耳・口・目の機能をすべて奪った上で」


「さて、住処(すみか)を失った魔獣たちは……」



【またある夜のこと】


「東の(みやこ)の技師が口にした“デバイス”という言葉。李命(りめい)はこれまで聞いたこともありませんでした。技師が言うには、古代“ある島”から伝えられた三大技術のうちのひとつ、とのことです」


「デバイスは、装着することで、身につけたものの感覚や腕力などを補強する武具なのですが、製造が難しく、一般にはほとんど流通していませんでした。しかしこれがあれば、三獣士(さんじゅうそ)達の失った感覚を取り戻すことができます」


「ただしこのデバイスの作成に不可欠の材料がありました。それが幻の金属ヒヒイロカネです」


「ヒヒイロカネって本当にあるの?」


「本当にっていうと?」


「ええと、うん。お話の世界じゃなくて、本当に」


「いやあ、私はお目にかかったことがありませんが、絶対にないとは言い切れませんよ。すべての物がそうです。もしかしたら李命(りめい)という名の力自慢の少年だって、どこかにいるかもしれません」

 


【ある夜】


こういう日もあった。


「こんばんはー!……あれ、和邇(わに)様? 大丈夫ですか?」


「ごめんね。今日はあまり薬が効いてないみたい。ちょっと苦しくて……」


「お、お医者様を呼んできます!」


「ううん、大丈夫。たまにこういうことあるから……少しすると落ち着くと思う」


「いやいや、しかし」


「前にもお医者様にきてもらったことあるんだけど、これ以上何もしようがないんだって。困らせるだけだから。だから大丈夫」


「ではせめてお父様に報告を。お勉強は今日は無しにしましょう」


「どうせ夜はいないよ父上は。(つぐ)さんがここにいて。行かないでよ」

「……胸が苦しいの。撫でて欲しい。それで少し楽になるから」


「……秘密ですよ。バレたら怒られますから」


「うん。ありがとう」

「ねえ、お話聞かせて」

 


【これはある日の日中のこと】


ありがたくない偶然で、領主と顔を合わせることもある。


「おい長良(ながら)。おまえ、和邇(わに)に妙なことを教えていないだろうな」


「まさかそのようなことは。和邇(わに)様は覚えが早くて私としても教えがいがあります」


「ふん! 当然だ。あの子はゆくゆくはこの家を継ぐことになる。できる限りの教育と治療を施してやらねば。それが親たる私の義務だからな」


「そのように愛されて和邇(わに)様は幸せですね。彼が優秀でお優しいのはきっと旦那様に似たのでしょうね」

 


【また別の日の日中】


日の当たらない自室にて。

 

長良(ながら)さん、ごはん置いときますねー」


「はーい! いつもありがとうございます」


「はぁー美味しい……いや~和邇(わに)様の教育係になってから食事のグレード上がったよなぁ。部屋は相変わらずだけど、市井(しせい)にいた頃と比べれば天国だよ……このままずっとここに居るのも悪くないかもな」


「さーて、こうしてる場合じゃない。今夜の分のストーリーを考えないと……」

 


【そうして時は流れ、またある夜】


今日とて和邇(わに)の部屋に赴く。

 

李命(りめい)はこの日、初めて『鬼』という生き物を見ました。奇しくもそれが、鬼ヶ島にある『鬼城(きじょう)』を統べる鬼王(きおう)宇羅部(うらべ)キリコだったのです。さて、ここでようやく李命(りめい)の最大の敵である『鬼』が登場です」


「鬼は人間を憎んでいるの?」


「そうです。とても憎んでいます」


「何故? 鬼が人を食べるのだから、人が鬼を憎むのはわかるけど、なぜ逆なの?」


「良い質問ですね。これに答えるにはまずは歴史の話をしなくてはなりません。物語から遡って数百年以上も前の話です」



『鬼』は妖怪とよく似ていますが、まったく別の生き物です。


鬼ヶ島という孤島にひとつの国を作って生活していて、人間の社会とはあまり関わりを持ちません。


しかし妖怪と同じように人間を食べます。雑食でなんでも食べる鬼ですが、中でも栄養価、味、ともに人間の肉は最高のご馳走であるとされていました。


そんなわけで、昔から鬼は人間を食べるため、鬼ヶ島から本島へよく人里を襲いにやってきていました。猟のようなものですね。


鬼は人間の頭を簡単に砕けるほどの筋力と巨大な身体を備えていて、それに加えて独自の製鉄技術をによって優れた武器も使いました。


一方当時の人間は技術面で劣っていて、これに石や木、良くて銅製の(ほこ)(もり)で応戦していたのです。これでは人間に勝ち目はありません。


鬼による一方的な蹂躙(じゅうりん)。その被害は深刻なものでした。


時の朝廷はそこで、当時の鬼王(きおう)に協定を持ち掛けたのです。本土より500人の人間を鬼ヶ島へ献上しよう。その代わり、鬼ヶ島が誇る技術を我々にも教えて欲しい、と。


人間を食べるのをやめて欲しい、じゃないのかって?


ええ。鬼王(きおう)はもともと鬼達に対して、勝手に本土へ渡り人間を攻撃することを禁じていました。それでも指示を破る者が後を絶たなかったのです。猟といいましたが、つまり密猟ってことです。


鬼達はこれを受け入れました。500人の人間は死刑囚から選ばれました。しかし鬼たちはこの500人をすぐに食べはせず、繁殖させ、数を増やすことにしたのです。養豚所の豚のように。


幸か不幸か、500人の死刑囚の中には老若男女が揃っていました。若くて健康な男女をつがいにし、質のいい人肉を量産することに成功したのです。


一方朝廷側はそんなことになるとは思っていませんでした。鬼から教わった技術を見れば、彼らの文化レベルが相当に高いことはわかるはずなのに、鬼の知能を野生の獣レベルと侮っていたのです。せいぜい連れてきた500人をその場で貪っておしまいだろう。そんな風に考えていたのです。


朝廷の狙いは最初から彼らの技術にありました。その技術で生産力を上げ、優れた武器を作り、鬼と対等に戦えるように準備をする……この協定は、いつか相手の寝首をかくための長期的な作戦だったのです。


それから何百年か経ちました。


朝廷の思惑通り、人間は鬼から伝えられた技術を我が物にし、国は大いに栄えました。


そんな中、東の京にひとりの漂流者が流れ着きました。不自然に太り、衣服もまとわず、言葉も話せないその人間は、鬼ヶ島の養人施設(ようじんしせつ)から逃げてきた者でした。


朝廷は震撼(しんかん)しました。500人の罪人を鬼ヶ島へ献上した事実すら記録から消えかかっていたというのに、その子孫たちが今も、何代も、毎日毎日、食われるためだけに生まれ死に続けているというのです。


その事実は国中に知れ渡り、民を義憤(ぎふん)に駆り立てました。


『最初は確かに死罪人だった。だがその子、さらにその子。その子の子に罪はあるのか? 人間だ。仲間だ。私たちの同胞が、狭い海を隔てた向こう側で牛や豚のように扱われている。これを許していいのか? 同じ人間として助けなくていいのか?』


『同胞を奪還せよ、救出せよ』


民意は完全に傾き、朝廷はもはやこれを抑えることができなくなりました。


やがて、発端となった脱走者が流れ着いた東の京に軍が設置されます。これがのちに鬼ヶ島との戦いにおける最前線の城塞都市“回楼京(かいろうきょう)”となります。


人間軍は、宣戦布告もなく鬼ヶ島へ討ち入りました。


数百年で格段に向上した技術と人海戦術で、人間は鬼と対等に戦えるようになっていました。


あらゆる養人施設(ようじんしせつ)を襲撃し、収容されていた人間を助けた後は、もう二度と稼働することがないよう、そのすべてに火をつけました。


鬼は当然これに怒り狂います。


「あの人間共はもとはお前たちが寄越したものだ。貰ったものを合理的に活用していただけだ。一度寄越したものを相談もなしに強引に奪っていくなんて、なんと野蛮で礼節のない連中だろうか」と。


しかし当時の鬼王(きおう)は力で応戦するのではなく、対話を試みようとしました。


「あなた方の怒りも理解できるが、その人間たちは我々が大切に育ててきた、鬼にとって貴重な食糧だ。あなた方が豚や鶏を育てて食べているように、我々も施設で育てた人間を食べることで豊かに生きることができている。末端の貧しい鬼も本土に人を襲いに行かなくて済むようになったのだ」


しかし人間はその対話に応じず、結局すべてを奪って去っていきました。


気性の荒い鬼たちは怒り狂い、食料の強奪を許した腑抜けた王の極刑を強く要求します。その流れに抗えず、鬼王とその妃は私刑に近い形で処刑され、その遺体は食糧難への反発を見せしめるように食い荒らされました。


その時死んだ鬼王(きおう)の息子が、今の鬼王(きおう)宇羅部(うらべ)キリコです。彼は激しく人間を憎み、鬼達が本土へ渡って人間を攫ってくることをむしろ推奨しました。


人間側もその被害に対抗すべく、回楼京(かいろうきょう)に“サムライ”と呼ばれる戦士を集め、戦力を強化し始めます。


かくして人鬼の戦いはここに幕を開け、それからしばらくの時を経て、皇李命(すめらぎのりめい)が誕生しました。



「……と、今回はちょっと長くなりましたね。ここまでにしましょう」

李命(りめい)鬼王(きおう)と戦うの?」

「やがては。ただ今はまだその時ではありません」

鬼王(きおう)李命(りめい)を憎んでるよね。人間だから。では李命(りめい)は? 李命(りめい)も鬼を憎んでるの? だから戦うの?」

「え? えっと……そうですね……」

「いえ、李命(りめい)は誰かを憎むということはしません。彼は憎しみや私利私欲でなく、自分以外の誰かのため、平和のために戦う、そういう人物なのです」

「人間の、平和のため」

「そうですそうです」

 


【その日の深夜】


自室に戻った男は頭を抱えた。

 

「うーん……和爾(わに)様、たまに予想できない質問してくるから侮れない」


「でもそっか、ここまで長編になると人物の心理も把握しとかないといけないのか……参ったなぁ、正直主人公の性格なんて漠然と正義の味方くらいにしか考えてないぞ」


「鬼サイドにちょっと悲劇的な要素入れたの失敗だったかなぁー。だってその方が話に深みが出るかなって。どうしようこの設定今後邪魔になってきたら……」


「うう、他に今のうちに見直すところは……あ、デバイスの量産可能設定……これもやめよう……これ今後強敵出てきた時『デバイス使えばいいじゃん』問題が起きる。絶対。仕方ないから準レギュラーになる予定だった技師には死んでもらって……」


「ああで……こうで………ん? やっば、もしかして夜が明けてきた!?」

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