※降って湧いたエピローグ
文字数 1,047文字
なんとここへ来て、人間軍は回楼京へ引き上げてしまいました。
あと一歩というところまで鬼達を追い詰めた彼らでしたが、近年稀に見る大嵐が鬼ヶ島へと近づき、船を守るために一時撤退を余儀なくされたのでありました。
しかし人間たちは手ぶらで戻ったわけではありません。しっかり土産を持ち帰りました。
鬼の幹部の首ではありません。もちろん鬼王の首であるはずもありません。
それは大量の植物の種子でした。
この種子、元々鬼達の手によって鬼ヶ島で開発されたものです。
かつて、島に養人施設ができる前のこと。当時の鬼達は人肉と同等の栄養と味を持つ食料を大量生産するための研究を行っていました。その過程で作り出されたのがこの種子です。これを栽培することで、味、栄養、共に申し分ない穀物が収穫できるはずでした。
しかし鬼ヶ島の土壌は絶望的に農耕に不向きで、この植物を育むことができなかったのです。
そうこうしているうちに養人施設が作られ、安定して人肉を供給できるようになったことで、この種子の存在は鬼城の一角にしまい込まれたまま忘れ去られていきました。
ところでこの種子、もともとのルーツは本島で育てられていた穀物だといいます。鬼達がそれをこっそり持ち出して、品種改良したのです。
ならばこれを本島で育てることはできないか?
鬼達と交戦しつつ鬼城を進んでいく中、偶然たどり着いた一室で、この種子サンプルと研究日誌を見つけた皇李命は思いました。
そして引き上げの際、このサンプルを本島へ持ち帰ることを決めたのです。
この植物の量産が可能になれば、鬼が進んで人を食う理由はなくなります。それはすなわち、両者がもう争わずに済む未来の可能性を示唆するものです。
もちろんそう簡単に事は運ばないでしょう。
協定を反故にした人間に対する鬼達の恨み。
今まで人を食らって生きてきた慣習を否とされることへの反発。
自分達と比べて個体の強さで劣る人間を対等に扱うことへの不満。
家族や親しい者を奪った鬼に対する人間の憎しみ。
腹が減ればいつ自分を襲うかもしれない存在が野放しにされている恐怖。
野蛮な食人種族への生理的な嫌悪感。
表面的な問題より、それぞれの心に根ざした怨嗟の方がきっと、ずっと深く、解決が難しいものです。時の流れでしか解決できない……いや、もしかしたら時間でさえ両者の関係を完全に修復することはできないのかもしれません。
それでもこの種子の存在が、本質的な問題を解消するための、第一歩となることを願わずにはいられません。
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