Stage6 その後 1

文字数 2,024文字



「コイツ…やるじゃねえか…!」


相当被弾しているにも関わらず、鬼王(きおう)キリコというこの男、怯むどころか楽しげですらある。


確かに異界の者との勝負において、相手が肉体的な損傷を受けることはない。


だがこれだけ攻撃を受ければ、普通であれば肉体が瀕死に追い込まれたのと同等の精神的ダメージに見舞われているはずなのだが。


「しぶとすぎるだろ。鬼ってのはみんなこうなのか?」


「さあどうした! まだ終わりじゃねェぞ! こっちは腹が減って仕方がねえんだ!」


規格外の生命力に辟易しながらも次の攻撃を避けようとしたその時。


「いいや、終わりや」


すぐ横を掠めた一本の矢が、真っ直ぐに鬼王の右目を貫いた。


「……!? クソが…!」


同じ世界に住む者同士がやり合うのであれば、肉体へのダメージ云々は制約の外だ。鬼王(きおう)眼窩(がんか)からはみるみる赤い血が垂れた。


「この間は左目を貰ったが、今度は右や。これで何も見えんやろ」


ずっと機を伺っていたのだろう。弓を下ろした吉備守矢津彦(きびもりやつひこ)が、ゆっくりと歩み寄ってくる。


地面に転がった死体の持ち物と思しき槍を拾いあげると、鬼王(きおう)の腹へ躊躇(ためら)いなく突き刺した。


「散々暴れてくれたなぁ、鬼王(きおう)


二度、三度、四度目で槍は折れてしまった。今度は足元の大鉈を拾い、大腿を斬りつける。巨体がよろけて膝をつくと、すかさず次は心臓を穿つ。


「貴様らのおかげでどれだけの仲間が死んでいったか」


その言葉に鬼王(きおう)の肩がぴくりと動いた。


「ほざくな人間! 先に奪ったのはそっちだろうが! てめえらのせいで、俺たちは同胞の屍肉を喰らって生きるハメになった! てめえらのせいで俺は…!」


両目を貫かれ、身体から槍や鉈を生やしているとは思えないほどの激昂だった。


だが吉備守(きびもり)は執拗な攻撃を止めることはしない。耳を貸さず、これ以上何も喋らせまいとしているように。死んだ仲間の武器で、そこらの石で、素手や足で、あらゆるものを使って鬼王(きおう)を一方的に嬲り続ける。


何が潰れ、砕ける音だけが響き続けた。


「ああ、でももう終いや。ようやくや。長かった。これでようやく、墓参りにも行ける」


その苛烈さは後ろに控えた仲間の兵達ですら、加勢するのを躊躇(ためら)う程だった。


全身の皮が剥がれぼろぼろになった鬼王がもう一度血だまりに膝をつくと、吉備守(きびもり)は笑いながら、自らの太刀を抜いた。


「恨言の続きは地獄で吐け!」


振り上げた刃が閃く。


同時に、小さな影が二人の間に割って入る。不意に激突された吉備守(きびもり)の刃は軌道が逸れ、その小さな影を薙いだ。


「……このっ」

「ナ、キマ…?」


目の前に倒れ込んだそれが何なのか、鬼王(きおう)は見えないながらも察したらしい。


もともとの負傷に加え今の一太刀が効いたのか、和邇(わに)ナキマは苦しげに呻きながらも半身を起こし、鬼王(きおう)に向かって手を伸ばした。


「兄、様……」

「ナキマ、おまえ」

「兄さま、僕たち、本当の兄弟じゃなかったけど、ひとりぼっちじゃなかったよね…?」


鬼王(きおう)の頬にその手が届く前に、和邇(わに)ナキマの身体はその場に崩れ落ちた。背を深く、太刀に貫かれながら。


「この!死に損ないが!」


太刀はすぐに引き抜かれ、また突き刺さる。何度も何度もそれが繰り返された。


「どこまで!邪魔をすれば!」


突き立てられる刃に合わせて和邇(わに)ナキマの身体は上下に痙攣する。それ以外の反応はすでに示さなくなっていた。その小さな背には、おそらくもう綺麗な部分はないだろうというくらい、無数の穴が空いている。


「知性も心もない化け物が!」


吉備守(きびもり)はそれでも手を緩めず滅多刺しにし続けた。いよいよ刺す場所がなくなると、今度は力づくで四肢を切断しにかかる。


「家族の!人間の!真似事をするな!!」


上擦った叫び声。最後に残った左脚が乱雑に断ち切られた。


立ち上がろうとした鬼王(きおう)にも再びその矛先が向けられる。


石で横面を殴りつけ、さらに馬乗りになり、声を上げなくなるまでそれは続いた。


そして仕上げとばかりに、太刀を使い力づくで胴体から首が切り離された。


普段はこんな風に、髪を振り乱しながら誰かに掴みかかり、罵声を浴びせるような男ではないのだろう。吉備守総参謀官(きびもりそうさんぼうかん)は。


誰も凍りついたように、その場から動かなかった。


すべてが終わった後。


自身もかなり疲弊したらしい。


吉備守(きびもり)は無言のまま座り込み、しばらく肩で息をしていたが、やがて弓を握りふらふらと立ち上がった。


ギラついたままの目がどろりとこちらを向く。目が合うと、返り血で汚れた顔で彼は笑った。


「……あんさんの言葉に甘えて、本懐を遂げさせてもらいました。すみませんねぇ、譲ってもらって」


高揚した眼光と不自然に落ち着き払った声。


その落差が、彼の精神がいまだ不安定であることを物語る。返事はしなかった。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色