#2 伊織さんと美幸(1)

文字数 2,355文字

 6年前から加藤を知っていたという畑口。びっくりする加藤にしてやったりの満足な表情を浮かべ、そして畑口は少し笑顔を浮かべながら静かに話し始めた。

「美幸がいきなり店を辞めるって言い出して、ビックリしたな~。話を聞いたら、保険屋さんに誘われたからって。ま、当時は深く考えてなかったんだけどね」

「──え? そ、そんな前から美幸、伊織さんの店にいたんですか?」

「前に言ったでしょ? 美幸を店に連れてきたのは私だって。たくみちゃんより美幸との付き合い長いわよ」

「……という事は、俺が美幸をいきなり飲みに誘ってベロンベロンに酔っぱらいながら口説いた話も──」

「www 俺は何年でも待つ、だったっけ? 後、ピンチの時には全てを投げ出してでも絶対駆けつけるって」

「ぅわぁ……そんな俺の黒歴史まで……」

「で、ホントに有言実行してたよね。毎週金曜日、ずっと通い続けて、1年以上も」

「い、いや……単になじみ活動してただけですよ。下心なんて全く──」

「www 毎回部屋に入りこんでお昼食べてたじゃん。それのどこがなじみ活動なのよ」

「ホ、ホントに全部知ってるんですね……い、いや……毎週金曜日カレーだから、良かったらいつでも食べにきてよって言ってくれたので……」

「www そう言われて真に受けるのはたくみちゃんくらいだから。普通、空気読んで遠慮するものだから」

「そ、そうなんです? 昔からそういうの分からなくて……」

「www 半年過ぎたくらいだったかな~、たくみちゃんの事が気になり始めたのは。彼氏と同棲している設定の美幸の元にこれだけ熱心に通い続けるこの子は一体何なんだって。……いつの間にか美幸と仲良くなって、店にまで招待されてるし」

「……びっくりしましたよ。てっきり高級クラブか何かだと思ってたら、高級クラブを装った風俗店だった時は」

「ん? 何言ってるの? うちの店はれっきとした普通の高級クラブだったわよ」

「ま、またまた~。そういう店だからって言われて口移しでビール飲まされたり、色々されたりしましたよ」

「な、何よそれ……私、そんな話、初めて聞いた──あっ! そういう意味だったのか……だから、合格って言ってたのか……たくみちゃんを試したんだ……」

「い、意味分かりません……どういう事ですか?」

「ま、それはおいといて……たくみちゃん、手が遅いんだもん……鉄は熱い時に打て、というのは鉄則でしょ?」

「え、えっと……な、何の話ですか?」

「美幸の事。あそこまでしたらどんな子でも堕ちるなんて事、知らないたくみちゃんじゃないでしょ?」

「い、いや……ホント、そんな気はサラサラなくって──」

「どうせ、それをネタに交際したらフェアじゃないとか、俺より相応しい人がいるとか、そんな事考えてたんでしょ?」

「……!」

「美幸も美幸で、たくみちゃんの気持ちが分からないからって……相応しくないからって……それから1年も……ホント見ててやきもきしたわよ」

「い、色々ツッコミどころがありますが、一旦おいといて……ま、まさかマルチを流行らせて俺を孤立化させた本当の理由って……」

「たくみちゃんが覚醒するのは想定外だったけど、弱り切ったたくみちゃんを美幸が放っておく筈ないと思ったからね。かなり想定と違ったけど、結果オーライだったかな?」

「ま、まさかの愛のキューピット役……?」

「そ! 効果てきめんだったでしょ?」

「い、いやいやいや……俺、かなりキツかったですよ。アレキシサイミアやアレキシソミアになったくらいですし」

「ん? それは元々でしょ? 現にそれまで2回倒れてるじゃない」

「よ、よく知ってますね……ま、そうかもしれないですが、俺が潰れてたらどうするつもりだったんですか!」

「ん? 普通、あれだけ孤立したらすぐ辞める筈だから。そしたら、私が裏から仕事を回す予定だったのよ。例の黒田さん経由で、ね」

「──?! ま、まさかと思いますが……桃田さんの話って……」

「冷静に考えたら分かるでしょ? 退職を決意した2日後に転職話が舞い込むなんて、出来過ぎだと思わなかった?」

「う、うぅぅ……俺の実力が評価されてたとずっと思ってたのに……伊織さんの手のひらで踊らされてたなんて……」

「あ、勘違いしないで? たくみちゃんの評価が高かったのは紛れもない事実だから。私が動かなくても、遅かれ早かれ声はかかってた筈よ」

「ちょ、ちょっと待ってください。俺が退職を決意して美幸にその事伝えて、その事を伊織さんに相談して話が舞い込んだ、ここまでは理解したんですが、俺の記憶が確かなら、伊織さん3月入社でしたよね……何か辻褄合わなくないです? どうして入って来たんです?」

「そんなの、たくみちゃんの為に決まってるでしょ? 退職するまでの間、しっかりフォローするつもりだったからね」

「……それは表向きですよね……俺を品定めする気、満々だったんですね……」

「当たり前でしょ! 当時この街で一番の女ったらしって言われてたからね、たくみちゃんは。心配するに決まってるでしょ!」

「そ、そういえばそんな話もありましたっけ。ま、それ言ってたの、勝野さんだけでしたけどね」

「三姉妹制覇した男が何言ってるのよ!」

「な、何ですか、それ……」

「あ、い、いや……何でもない、今の話は忘れて? 要するに変な女にひかからないように私がガードするつもりだったのよ!」

「え、えっと……さっきからずっと疑問に思ってる事があるんですが……何か伊織さんの話聞いてると、まるで美幸と親友、それ以上の関係だった様に聞こえるんですが……」

「当たり前でしょ。美幸とは姉妹の盃交わした仲だからね!」

「──?!」

「伊達に3年ちょっと一緒に住む仲じゃなかったわよ!」

「──?!」

 疑問が疑問を呼ぶ畑口の衝撃告白は、さらに加速していく。
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