第15話 Best Frend

文字数 2,457文字

──9月下旬のとある休日。九重の買い物に付き合って街に出ていた時、突然声をかけてきた一人の何ともケバい女性がいた。どうやら九重の昔からの親友らしい。立ち話も何だから、という事で近くのファミレスに入って話す事になった。

 久しぶりに会う親友との会合に九重はさぞかし喜んでいるかと思いきや、何やら様子がおかしい。何ともひきつった笑顔に何ともソワソワして落ち着かない態度──こんな九重を見るのは初めてだった。何故そんな風になっているのか、その訳を加藤が知るのに時間はかからなかった。

「あ、彼氏~? こんにちわ、あすかの親友の優子です♪」

 席に座るなり、一見、愛想よく挨拶する彼女。ただ、その笑顔の裏には好奇な視線が見え隠れしていた。最初は九重とあまりにも釣り合わない男だから、と加藤に向けられた視線だと思い、咄嗟に九重との関係を否定しようとした矢先、優子という女はとんでもない事を言い出した。

「あすか、上手いでしょ。この年でベテランの域に達してるからw」

 一瞬、何を言っているか分からなかった為、どう応えていいか分からずポカーンとしていると、さらに彼女はニヤけながら続けた。

「だって、中学の時からアレ、あすか、やってるしw」

 その一言で全てを理解した加藤。思わず九重の方を向くと、加藤と視線を合わす事なく何ともバツの悪そうに愛想笑いを浮かべながら下を向いていた。それからというもの、遠まわしではあるものの、明らかに九重の知られたくないであろう過去の話、悪口をいう彼女、それに対し何も言い返す事なく愛想笑いで返す九重。

 そのやりとりを聞いているうちに、加藤の胸の奥で眠っていた感情が沸々と目を覚ましつつあった。そして──

「あれ? この話はしちゃダメだった? ごめんね~、彼氏、知ってるとばかり。けど、この子はやめた方がいいよ~。ホント、手癖悪い──」

──バシャッ!

 気が付いた時には、グラスに入った水を思いっきり優子にぶっかけていた。そして、彼女に対しありったけの罵声を浴びせ、テーブルに1万円を叩きつけ、戸惑う九重の腕を掴みそのまま店を後にしていた。


──店を出て数分後

「もう! 信じられない! 私の親友に何て事するのよ!」

「お前、アホか! あれが親友のする事かよ! 明らかにお前の事、小馬鹿にしてるぞ! 腹立たないのかよ! あんなの……親友でも何でもないわ!」

「けど……それでも私の親友、優子しか……」

「あんなの、いない方がマシだわ! 切っちゃえ!」

「…………」

「……親友だったら、俺がなってやるから。というか、もう親友みたいなもんだろ? 俺達」

「……────ッ」

 泣きながら胸に飛び込んでくる九重を優しく抱きしめる事、数分。加藤は徐々に冷静さを取り戻し、何でこんな街中の路上で恋愛ドラマみたいなラブシーンをしているんだ? 一体どうしてこうなってしまったんだ? そもそもいつ止めればいいんだ? と自問自答を繰り返していた。

──30分後

「……あすか、こんな事聞いていいのか分からんけど、こういうのっていつ止めればいいの?」

「──! バカ! せっかくのムードが台無しじゃない! 普通、そういう事聞く?」

「い、いや……ドラマだったら暫くしたらこのシーンのままフェードアウトでもするんだろうけど、現実だとやめるタイミングって難しいな~って。監督が「はい、カット~!」とでも言ってくれれば分かりやすいんだけど、そんなのないし……」

「普通はこうやって抱き合ったら……キスするのが定番でしょ!」

「あ、なるほど~。確かにそんなシーン見た事あるね。でも、その後やっぱりフェードアウトしたり場面変わったりするじゃん? キスしたとして、どれくらいでやめればいいんだろ?」

「そ、そんなの……大体30秒から1分で息苦しくなってやめるから! その後は肩を抱いて歩いていけばいいのよ!」

「あ、なるほど~。んじゃ、取りあえずキスしてその流れ、いっとく?」

「この流れでキスできる筈ないでしょ! このバカ!」

「wwwwww」

「wwwwww」


──夜

「……今日はごめん。冷静になって改めて考えてみたら、俺、とんでもない事しちゃったね……あすかの唯一の親友にあんな事しちゃって……ホント、申し訳ない」

「……ううん。……ありがと。私の為にあんなに怒ってくれて……嬉しかった♡」

「ちょ! 照れるじゃん。何よ、今日は……いつもと全然反応が違うじゃん」

「私の事……幻滅した?」

「ん? 何が?」

「だって、私──」

「過去に何やってようが俺にはどうでもいい事だよ。あすかはあすかじゃん」

「けど、私、汚れ──」

「あすかは全然汚れてないから。汚いのは……あすかの周りの何もしてくれなかった環境や社会だから。少なくとも俺は……あすかがどれだけ心がキレイでいい奴だって事、知ってるから」

「…………」

「ちょ~っと経験が早くてちょ~っと経験が多いだけじゃん。そんな事で、あすかの価値は下がらないから。別に減るものじゃないし」

「たくみ君……彼女とか奥さん、平気でソープ沈めそうだね」

「──?! そんな事する筈ない──」

「────♡」

「え、えっと……今のは、何?」

「お礼。……ありがと♡」

「あ、あぁ……」

「私……幸せになれるかな……」

「きっとね。今まで苦労した分、誰よりも幸せになれるって」

「幸せになって……いいのかな……」

「いいに決まってるじゃん。あすかが幸せになっちゃいけないなら、誰も幸せになれないって」

「幸せに……なりたいな……」

「もうすぐなるじゃん……12月でしょ? 結婚式」

「……うん」

「流石に俺、式には出れないけど……誰よりも祝福するから。お前が幸せになったら……俺も嬉しい──」

「────♡」

「こ、今度は……何?」

「スキンシップの一種だよ。親友でしょ? 私達……今の時代、親友ならみんなそうしてるから」

「──?! そ、そうなの? し、知らなかった……いつの間にか日本も欧米化してたんだ……」

「wwwwww」

 残暑厳しい9月下旬の真夜中、加藤と九重の仲は親友(?)に昇格していた。
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