#4 天使と悪魔

文字数 2,395文字

「──で、話の続きだけど……」

「え? まだ続くんですか?」

「当たり前でしょ! まだ半分も話してないわよ! むしろここからが重要なんだから、黙って聞いてなさいよ!」

「わ、分かりました……」

「……こんな私に美幸は恨み言一つ言わずに今までありがとうって言ってくれてね……私が望むなら店に残るからって、誰よりも尊敬している大切な姉だからって言ってくれてね……」

「…………」

「ここまで言われたら……ね。いい人になるしかないじゃない。……応援するしかないじゃない……ってね」

「……だから、美幸や俺を守る為……離婚までして店も抜けて……? それだけじゃなく、バックボーンの為に例の黒田さんも……?」

「前に言ったでしょ? 店の断トツナンバーワンが抜けるって、そんな簡単な話じゃないって。ま、遠い過去の話よ」

「……ここまでは大まかに理解できたのですが……ま、まぁ俺や美幸の進展があまりにも遅いから遠まわしに恋のキューピット役を買って出た、これも何とか理解できたのですが……何でマルチで俺が孤立化すると思ったんですか?」

「──え?」

「冷静に考えたら、それって不確定要素が大きいんじゃないかな~って。だって、普通に俺、マルチやってたかもしれないじゃないですか。俺の過去でも調べない限り、俺がマルチを毛嫌いしてるなんて……あ、あれ? ま、まさか──」

「あ、気付いちゃった? ……ま、彼を知り己を知れば百戦殆からず、だからね♡」

「うぅぅ……何て酷い……伊織さんといい、小橋さんといい、俺のプライバシーって一体……」

「何言ってるの? 誇りに思いなさいよ。ここまで徹底的に調査されて対策を練られるのは、それだけたくみちゃんに価値があるって認められた証じゃない!」

「そ、そうかもしれないですが……愛のキューピット役ならもうちょい他に手、なかったんですか? 俺、本当にきつかったですよ、あの時……」

「そりゃ、愛のキューピット役と同時にたくみちゃんにちょっとした復讐として孤独と挫折を味わせるつもりだったから♡」

「うぅぅ、やっぱり……何て酷い……」

「何言ってるの? たったこれだけの事で色々あった事はチャラにする気だったんだよ? しかもその後のフォローまでしっかり考えてたし……これ以上の寛大な処置なんて絶対ないから!」

「い、いやいや……俺、冗談抜きに死にそうになりましたし──」

「そこまで耐えるたくみちゃんがおかしいだけだから! あんな仕打ち受けて、普通だったらすぐ辞めるなり泣き入るから! なのにたくみちゃんときたら、泣きが入るどころか周りを嘲笑うかの様にどんどん突き進んじゃうし……挙句の果てに美幸以外の子とくっつきそうになってるし……! 危うく美幸に一生恨まれるところだったんだからね!」

「ま、まさか……日高ちゃんの事まで……知って……?」

「当たり前でしょ! 喫茶店の拠点化もレアだと思うけど、花屋の拠点化はきっと世界広しといえども、たくみちゃんくらいしかしてないから!」

「うぅぅ……そんな事まで……ホント、俺の事何でも知ってるんですね……」

「あの時は徹底的に調べたからね! それにしてもあの子を使ってセルフブランディングしだした時には、この私が戦慄を覚えたわよ……何て恐ろしく頭のキレる男なんだ……今までの事は全て計算だったとはってね」

「い、いや……たまたまそうなっただけですって……」

「そして、美幸を使って絵画の呼び込み営業を発展させたかの様な恐ろしい手法……私はとんでもない男に関わってしまったかもしれないって……背筋に冷たいものが走ったわよ」

「い、いや……それも狙ってやってないですし……」

「挙句の果てに、入院直前に美幸を堕としたと思ったら、退院後に即美幸の家に転がり込むという電光石火の離れ業まで……」

「それに関してはむしろ真逆ですけどね、現実は……」

「この時から私はたくみちゃんを敬意をこめてキラーキングと呼ぶ様になったわ」

「伊織さんだったんですか! その名付け親は。そもそも、キラーキングってどういう意味なんですか?」

「キラークイーンの男性バージョンよ。ま、平たく言えば伝説のジゴロという意味よ。光栄に思いなさい、私が通り名をつける事なんて滅多にないんだから」

「あ、ありがとうございます……でいいのかな? ま、いいや。それにしても、今の流れで敬意って……どうしたらそうなるんです? そもそもジゴロって……それってクズ男じゃないですか」

「何言ってるの? ジゴロになれる男がこの世にどれだけいると思ってるの? それって凄い才能だから。誇るべき事だから」

「お、俺、ジゴロでもヒモでもなかった筈ですが……」

「例のあの子や美幸の絡みがあってこその化物じみた成果だった訳でしょ? それって、見方を変えればジゴロそのものじゃない」

「うっ……」

「極めつけは……エースの心をがっちり掴む為に、あんな上玉を未練なくキッパリ切る冷酷な程の決断力……天晴れの一言だったわ。いつしか本来の目的を忘れ、たくみちゃんの一挙手一投足を夢中になって追っている私がいたわ」

「い、いや……夢中になる要素、皆無の様な気がしますが……」

「その後も圧巻だったわ。虎穴にいらずんば虎児を得ず、とでも言わんがばかりにあの人見知りの激しい美子ちゃんや幸子ちゃんすら手懐け……そして、さり気なく弱音やダメなところを見せる事により美幸の母性本能をくすぐり、ますますハメていく手法……悪魔じみてたわ……!」

「別に単なる素ですけどね……」

「いつしか、そんなたくみちゃんを直に見てみたい、関わってみたいという欲求が高まっていってね……思わず禁を破っちゃったのよ」

「……え? ど、どういう事ですか?」

「これが……私が会社に入った本当の理由よ……!」

「え、えっと……俺を品定めする為じゃ……?」

「それは建前よ。本音は……ホコタテ対決する為よ……!」

「──?!」

(続く)
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