第36話 復讐

文字数 3,023文字

──畑口との別れも突然に……考え得る最悪のカタチで──

「──あ、もうバレちゃったんだ。流石、九重ちゃん。あの話を聞いてピンと来てすぐ動いたんだね~」

「な、何で……そんな事を……」

「そんなの決まってるでしょ? たくみちゃんに試練を与える為よ」

「──え? ど、どういう事ですか?」

「さて、今日はたくみちゃんにとびっきりのサプライズな話をしてあげる♡」

「いや……試練の意味を──」

「焦らないの♡ 私の話を聞けばその意味も分かるから。その前に確認しておきたい事あるんだけど……たくみちゃん、私に好意を持っているって事でOK?」

「と、唐突ですね……少なくとも伊織さんの言う事は何でも聞くくらいには……」

「ありがと♡ それを聞いて安心したわ。じゃないと、これからの話が台無しになっちゃうところだったから」

「……ま、いいや。じゃ、最初に伊織さんの話を聞きますよ。……何ですか?」

「たくみちゃんが会社で孤立したり酷い目にあってアレキシサイミアやアレキシソミアになった根本的理由の話。それ……実は私が原因なんだ♡」

「な、何言ってるんですか、そんな事ある筈ないじゃないですか。元をただせば今の営業所でマルチが流行って俺がその話に乗らなかったのがきっかけの筈ですから」

「そのマルチが流行ったタイミング、おかしいと思わなかった?」

「いや、単に今の営業部長体制になってみんな不満溜まってましたから、そういう話が出てくるのは必然──あれ? 何かおかしい……俺に話があったのは確か一昨年の5月末くらいだった筈……その時点で営業所内の2/3がやってた筈だから、もっと前からマルチが流行ってたと考えるのが妥当……? 体制不満から流行った訳じゃ……ない?」

「流石、たくみちゃん! いまの一瞬でそれだけ分析できるなんて、ホント成長したね~。で、他に分かった事は?」

「……根本的原因が伊織さんという話が真実と仮定すると、恐らく伊織さんがこの営業所……いや、勝野さんにマルチを持ち込んだ張本人……? ただ、タイミングの部分がちょっと……逆算すると俺がトレーナーを降りる時期を狙いしましたとも言えますが、それはいくら何でも出来過ぎですし」

「ホント、流石ね。殆ど答え、出たじゃない」

「い、いや……今の話が正解だとして、意味分からんですよ。それじゃまるで、俺の事を前から熟知してて、かつ俺に酷い恨みがあるみたいになっちゃいますし」

「大正解♡ 実は私、たくみちゃんの事、前から知ってたし──死ぬほど恨んでたから♡」

「い、いや……流石にそれは冗談ですよね。俺、伊織さんとは前から面識ないですし……ましてや恨まれる覚えは全くないですし……」

「たくみちゃんは──私の人生を台無しにした張本人よ♡」

「きょ、今日はかなりぶっ飛んでますね……ま、いいや。強引に今の話が本当だったと仮定して進めると……人生を台無しにされたという事は、俺が原因で伊織さんか旦那さんの事業でも破たんして没落した挙句に離婚するハメになった……という感じですか?」

「今日は凄い冴えてるね~。……大体正解♡」

「ま、またまた~。そろそろ冗談はやめましょうよ。俺、ホント身に覚え全くないです──」

「2年前の7月って言ったら……ピンとくる?」

「2年前の7月……なら、絶対違いますよ。だってその時、俺はとある子の為にしか動いて……なかった……です……し……」

「ホント、流石ね……今、たくみちゃんの頭を過ぎった事が──真実よ♡」

「ま、まさか……美幸のいた店の……?」

「そ! うちの人、お店任されてたの。ついでに言うと、あの子を店に連れてきたの、私よ」

「……ただ、俺が動かなかったら美幸は……放っておける訳ないじゃないですか。元々普通の生活送りたがってましたし……俺はちょっと手助けしたに過ぎませんよ」

「ちょっと? あれが? あそこまでしておいて? ……よくそんな事言えるわね」

「…………」

「風が吹いたら桶屋が儲かるって諺、知ってるよね?」

「は、はい……」

「あの子にとってはたくみちゃんは白馬に乗った王子様でも、私達にとっては──悪魔そのものだったから」

「…………」

「店の断トツナンバーワンが抜けるって、そんな簡単な話じゃないから。店を任されていたうちの人は責任取らされて……見るも無残な様になっていったわよ!」

「…………」

「あなたを会社から切り離してただの人にすれば、あの子もきっと愛想つかして戻ってくると思ったのに……何、あの子を利用して、飛躍してるのよ……この化け物が!」

「…………」

「挙句の果てに、あの子を犠牲にして自分だけ助かるなんて……悪魔めが!」

「…………」

 一体どれだけの罵声、恨み説を畑口の口から聞いたであろう? 加藤は一言も反論する事なく、ただひたすら……その全てを受け止めていた。

 9月から2月までの約半年間の話は……次の様な内容であった。

 日中殆ど一緒にいたのも、加藤と九重の仲を裂く為、そして畑口に依存させ切った後で地獄を見せる為……

 例の外資の話も……九重に写真を撮らせたのも……

──全ては加藤を貶める為

 全ての話を聞き終えた時、加藤の目の前には絶望の壁が高く高くそびえたっていた。

──アハハ! その顔が見たかったのよ。どう? 好意を寄せていた私にハメられて、あれだけ慕ってた九重ちゃんもいなくなった気分は。……あなたが幸せになっていい筈ないじゃない。分をわきまえなさいよ。〇▽&%’%(────…………

 畑口の話が、言葉が、声が、胸に突き刺さる。そして感情が、心が、全てが黒く塗りつぶされていく……

『……人殺し! あなたのせいで……お姉ちゃんを返せ! 何であなたが生きてるのよ! お姉ちゃんが死ななくちゃいけないのよ! 死神!』

(ハハッ……美子ちゃんや幸子ちゃんが言う通りだよ。俺、生きてちゃいけない人間みたいだね……知らないうちに1人不幸にしてたみたいだし……)

『何、幸せになろうとしてたのよ! お姉ちゃんをあんな目にあわせた癖して! あなたに幸せになる権利なんかある筈ないじゃない!』

(ホントにね……俺、何考えてたんだろうね)

『お姉ちゃんだけで飽き足らず、あの子まで犠牲にしようとしたんだ……疫病神!』

(ホントにね……危うくあすかを巻き込むところだったよ……けど、もう大丈夫。アイツ……いなくなっちゃったから)

『たくみ君……見損なったよ。あの伊織さんを自分の為に売るなんて……人として最低だね』

(ハハッ……それはなかったよ。ま、最低な人間って事に変わりないからいいけどさ……)

『アハハ! その顔が見たかったのよ。どう? 好意を寄せていた私にハメられて、あれだけ慕ってた九重ちゃんもいなくなった気分は』

(キツイに決まってるじゃないですか……一体俺に何の恨みが──十分ありましたね……)

『あなたが幸せになっていい筈ないじゃない。分をわきまえなさいよ』

(……その通りですよね。俺、欠陥人間ですからね……)

『死~ね、死~ね、死~ね──』

(美子ちゃん、幸子ちゃん、あすか、伊織さん……分かってるから、ちょっと待ってて。そんなせかさなくても、これから1人になって生き地獄を散々味わって、ボロボロになって、壊れながら逝くからさ。大丈夫、逃げないから。男に二言は……ないって……)

 決して明ける事のないかの様に錯覚する程、真っ暗な雲に覆われた2月の夜空は、1人の青年の傷ついた心を深く深く包み込み──光という光を奪おうとしていた。
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