第16話 loving look

文字数 2,132文字

「マーシャルの~匂いで~飛んじゃって~大変~さ♪」

「イエーイ! 九重ちゃん、いいね~!」

(何で……こんな事になってるんだ? ここは一体……どこ?)

 時は9月末──加藤はいつものカラオケ店……ではなく、レジャーホテルの一室で九重のカラオケを聞いていた──畑口と一緒に。

 場面は今朝に遡る。

 先日の出来事により九重の闇に触れた加藤は、一つの決心をしていた。今後、畑口との昼間の指導という名のカラオケ店での会合はもうやめよう、と。これからは九重が退職するまでの間はなるべく日中も彼女のそばにいてあげよう、寂しい思いをさせないように、と。

──伊織さん、ごめん。九重を放っておけないから……指導を途中で放棄する形になっちゃうけど、伊織さんなら俺なんかいなくても絶対うまくやっていけるから──いや、もうちょっと上手い言い方ないかな……どうシミュレーションしても、不快な思いさせちゃう結果になるな……かといって、今まで通りにしては九重が……ん~、何か妙案はないだろうか……

……等と朝礼中から延々と考えていると──

「──ちゃん、たくみちゃん、どうしたの? 難しい顔して」

 いつの間にか朝礼は終わっており、加藤の隣には既に畑口が来ていた。考えがまとまらないうちに畑口が登場してしまい思わず頭が真っ白になる加藤。何やら畑口は話をしているが、全く頭に入ってこない。生返事ばかりを繰り返していると……どうやら話は終わったようで、畑口は去っていってしまった。

(よく分からないけど、取りあえず今日はカラオケなしになった……でいいのかな? 何か気の抜けた生返事ばかりで気分悪くさせちゃったかな? ま、結果オーライか……)

等と考えていると、再び畑口が戻って来た。そして、畑口の口から今までで一番意味不明な言葉が飛び出した。

「九重ちゃん、OKだって。じゃ、今からホテル行こっか」

「──?!」

「何驚いてるの? さっき言ったじゃない。ほら、時間が勿体ないからいくよ!」

「ちょ、ちょっと──」

 そして1時間後──加藤は九重と2人でベッドに座り、畑口のシャワーを浴びる音を聞いていた。


■ここはどこ……?

──ホテルの部屋

 意味が分からないまま加藤と九重もシャワーを浴びる事となり、ホテルに備え付けのバスローブに着替えさせられたところで──畑口が持ち込んだワインで飲み会が始まった。最初こそ意味が分からず固まっていた加藤と九重ではあったが、ワインボトルを2本程開けた頃にはすっかりどうでも良くなり──ホテルの備え付けのカラオケで盛り上がっていた。

 そして場面は冒頭より少し時間が進む。

 九重は非常に楽しそうだった。子供みたいに無邪気に笑い、そして良く喋って良く歌って……どれくらいの時間が経過したであろうか、気が付いたら九重は疲れ果ててベッドで眠ってしまっていた。

「あ~、九重ちゃん、寝ちゃったね。ちょっと飲ませすぎちゃったかな」

「伊織さん……今日は本当にありがとうございました。あんな楽しそうなあす……九重を見るの、初めてでしたから……あ、あの……良かったらこれからも九重と遊んでもらっていいですか? コイツ、友達が少ない……というかいないんですよ……」

「www いいよ。それにしてもたくみちゃん、ホント九重ちゃんの事、大事なんだね」

「は、はい……俺には勿体ないくらい……いいヤツです」

「……ホントに一緒になればいいのに」

「──?!」

「九重ちゃん、もうすぐ結婚するんでしょ? ホントにそれでいいの?」

「な、何で……いや、伊織さんならそれくらい分かっちゃっても不思議じゃないですね。……お気づきの通り、俺と九重は仮初の恋人でしかありませんし、同棲といってもルームシェアに近いです。九重にはフィアンセがいて……12月に結婚予定です。それが……九重にとって一番ですから。俺は……親友として、コイツが幸せになるのを遠くから見れたら……それで十分です」

「九重ちゃん、たくみちゃんが望めばきっと──」

「俺の傍にいてくれるでしょうね……知ってます。コイツ、ホントいいヤツですから。このままコイツと面白おかしく生きていけたらどれだけ楽しいか……なんて考えちゃう弱い自分もいます。けど……俺にはそんな資格、ありませんので」

「たくみちゃんだって幸せになっていいんだよ? 九重ちゃんだってきっとたくみちゃんの事──」

「恋愛と結婚は……別物ですから。俺なんかの為に、数年無駄にしちゃったら……それだけ不利になっちゃいますから」

「……後悔しても知らないよ?」

「きっと後悔しますよ、もの凄く。ただ……俺のせいで九重が不幸になったら……それこそ後悔してもしきれませんよ。俺がこれから行く道は……いばらの道そのものですから……」

「そっか……たくみちゃん、やっぱり会社を辞める気なんだ」

「な、何で……いや、伊織さんに隠し事は無駄ですね。……はい、そのつもりです。お客さん達への挨拶を終えた後、会社を辞めて……独立系FPとしてやっていこうと思ってます。って、現段階で何の見通しもないですけどね……」

「……ホント、変態ドMだね、たくみちゃん」

「www 俺は孤高の変態異常者ですから。大きな声では言えないですけどね」

「wwwwww」

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