第22話 彼岸花

文字数 2,514文字

「……彼岸花、ホント、キレイ……」

 目を輝かせながら矢勝川の真っ赤なじゅうたんを歩く日高百合は……この世のものでない程、恐ろしく美しかった。周りの景色は完全に消え去り、加藤の瞳には彼女の事しか映る事を許さない。時折、加藤の方を向き笑顔で何かを話しかけてきたが、生返事をする事が精一杯──それ程、強烈に魅入っていた。

 1.5Kmにも及ぶ彼岸花群の中を歩く事、1時間。気が付いたら公園のベンチに2人座っていた。

「……加藤さん、こういうの嫌いでした?」

「──え?」

「さっきからずっと生返事ばかりで……全然話してくれないですし……私といてつまらないですか?」

「いや……あまりにも圧巻で、言葉に詰まってただけだよ。……思わず見惚れてたよ」

「……なら良かった。この風景、是非加藤さんに見て貰いたかったんです」

「──え?」

「加藤さん、彼岸花と非常に似てますから」

「──?!」

「彼岸花って、不吉なイメージを持つ人も多いですけど、実際はこ~んなにキレイなんです。誤解してる人は、この風景を見ていないからですよね」

「……確かにね」

「死や不幸の悪いレッテルを貼られても、めげる事なく力強く真っ赤に咲き誇って人々を魅了する……凄いなぁって」

「……そうだね」

「彼岸花は……加藤さんそのものですよ」

「──え?」

「彼岸花は……私が一番好きな花ですから」

「そ、それって……どういう──」

「www 加藤さん、こういう事には疎いんですね。……じゃ、そろそろ戻りましょうか」

「そ、そうだね」

「……今度は私ばかり見てないで、少しは景色見て下さいね」

「──! バ、バレてたんだ……い、いや~、日高ちゃん、ビックリするくらいキレイだったから思わず……帰りはちょっとは景色見る努力してみるよ。……あまり自信ないけど」

「wwwwww」

……この様なデートを何度も重ね、2人は距離を急激に縮めながら季節は晩秋へと向かっていった。


■幸福と不幸の狭間で……

 加藤は絶世の美女、日高百合との距離が縮まる度に……苦しんでいた。幸せを感じる度に──あの子達の罵声が頭を駆け巡る。

──何、幸せになろうとしてるのよ! お姉ちゃんをあんな目にあわせた癖して!

──やっぱりお姉ちゃんとあの子と二股かけてたんだ……人でなし!

──あなたに幸せになる権利なんかある筈ないじゃない!

──お姉ちゃんだけで飽き足らず、あの子まで犠牲にしようとしてるんだ……疫病神!

──あなたの近くにいる人はみんな不幸になるんだから! 死神!

(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい───)

 聞こえる筈のない、幻の声が聴こえる様になったのは──この頃からだった。

 これ以上距離を縮めてはいけない……と何度も決心するものの、数日たてば禁断症状が現れた薬中者の様に彼女の元に行ってしまい、心が溶かされていく……それに比例するかの様に大きくなる幻聴……死別した美幸を裏切っているという罪悪感……

(あんな事があったのに、しかも半年ちょっとしか経ってないのに、日高ちゃんとデートなんかして心ときめくなんて……俺、クズもいいところじゃん……何やってるんだよ、俺……もっと苦しまなくちゃダメじゃん……)

 膨れ上がった自責の念が、幸せになる未来を頑なに拒んでいた。加藤が破滅的なアイデアを思い付いたのには、この背景があったから、というのも大きいであろう。

──保険業界の闇を世に知らしめる事で世論を動かし、業界をぶっ壊す。そして金融リテラシーの高い集団に生まれ変わらせる。

(こんな事、思いついたのは……そういう事だよな。俺しかできないよな、こんな事。欠陥人間の、失感情症の俺だから……何千・何万、何十万の生保関係者の怨念を受け止められるんだよな……嫌がらせも凄い受けるだろうな……普通の人なら過程の段階で精神やられちゃうよな……キッツイだろうな、今までと比べ物にならないくらい……けど、やらなくちゃ……)

 そして……一つの未来を閉ざそうと決めていた、狂気の中で。

 が──


■心惹かれて……

(……相変わらず、とんでもなくキレイだ……ただ、今日で最後にしないと……)

 11月初旬、加藤は日高と夜のイルミネーションを見に来ていた。何とも幻想的な夜景をはしゃぎながら見ている日高は、それ以上に光り輝いていた。

(後30分……いや、1時間……しっかり彼女を目に焼き付けておこう……)

 ごった返す人混みの中、流れに逆らう様に少し歩を緩めながら歩く加藤に合わせてゆっくり歩いてくれる日高……いつしか2人の間に沈黙の時間が訪れ──そして、夢の時間が終わりを告げようとしていた。

──帰り道

「今日もありがとうございました。……ホント、キレイでしたね」

「……そうだね……って、いつもの如く日高ちゃんばかり見てたけどね」

「www 今日は特に酷かったですよね。視線が痛かったですよ」

「……ごめん。日高ちゃんをさ……目に焼き付けておこうと思って……」

「www そんな事しなくても大丈夫ですよ。私は絶対いなくなりませんから」

「……え?」

「加藤さんがどんな道に進んでも……私は構いませんから。加藤さんの隣で……癒してあげますから」

「……けど……俺──」

「私がいれば、加藤さんは元気になりますから。それに……私、派手な生活じゃなくても全然構いませんよ?」

「……でも──」

「大丈夫ですよ……どれだけ加藤さんが傷ついても、私が全部癒してあげますから。加藤さんを笑顔にしてみせますから。……それが私の生き甲斐ですから」

「……けど……俺がこれから──」

「────♡」

「──?!」

「ドキドキ……しましたよね?」

「そ、そりゃ……もちろん。あ、頭が真っ白になってるよ」

「今度は……加藤さんから……///」

「……────///」

「────♡」

────……

 絶世の美女、日高百合の前に加藤の決心は脆くも崩れ去り──まるっきり逆の方へ大きく振れようとしていた。

──俺はクズでいいや……気持ちに嘘はもう……そもそもあんな事をしても上手くいく筈ないし……だったら危険な賭けはやめてこの子と平穏に暮らして……会社に残って……一生……

 少し肌寒い晩秋の夜、繋がれた右手の温もりが加藤の心を優しく包み込んでいた。
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