第18話 悲しき破壊神の目覚め

文字数 2,676文字

■まさかのスマッシュヒット……

 限りなくシャレで発行した加藤のメルマガは……お堅い金融業に似つかわしくないライトな暴露ネタが受けたのか、3度目の発行をする頃には読者数1万超という異例の部数となっていた。北さんは興奮気味に読者数について話をしていたが、加藤自身はそれが何を意味するのか、殆どという程、理解できないでいた。

──こんな仮想空間的な世界で知名度得たところで、何になるんだ? 実在するかも分からないのに……

 数字だけが積み上がり、リアルを置き去りにしたまま、気が付いたら10月が終わろうとしていた。そして4回目の発行を迎える前日──加藤は異次元の世界を垣間見る事となった。


■まさかの買収話

──10月下旬

「と、と、取りあえず、粗相のない様にな……加藤君」

「えっと……これから会う人ってどんな人なんですか? いまいち分からんのですが……」

「ネット社会の仕掛人としてこの世界では知らない人はいないっていう程の神様だよ! まさかうちに声かけてくれるなんて……未だに信じられないよ……」

「何かよく分からんですが、取りあえず悪い話ではないって事……ですかね?」

「いきなり目標達成だよ、加藤君! 伝説になれるぞ!」

……と、異様に興奮気味の北さんであった。そして──

「……え? 権利の買い取り……ですか?」

「悪い話じゃないと思うけどね。ホントは新参者にこれだけの額を提示する事はないんだけど、将来性を見込んだらこれくらいの価値は今でも十分あるからね。あ、記事はそのまま君がライターとして書いて貰うから。1記事15万の報酬は出すから」

「……北さんはどうなるんです?」

「うちが欲しいのは、君だけだからねぇ。あんたもこの世界の端くれなら、こういう事情くらい分かるだろ?」

「は、はい……」

「じゃ、返事を聞かせて貰おうか。聞くまでもないと思うけどね」

「俺は──」

──某仕掛け人の会社を出ての帰り道

「加藤君……アホか! 何、速攻で断ってるんだよ!」

「いや、あれは失礼でしょ。北さんをまるで無視して、虫けらみたいに……あの人、自分を何様だと思ってるんですかね。ホント、上から目線で偉そうに……」

「少しは大人になれよ! それくらい社会では常識だから! 良くある事だから!」

「これが社会の常識っていうんなら……俺がそんなもの、ぶっ潰してやりますよ!」

「バカ! 加藤君の為を思って言ってるんだぞ! 今からでも頭下げて来いって! ……あんなシャレで発行しているものの権利が500万なんて値がつくなんて……しかも高額な執筆料まで……こんなオイシイ話、絶対二度とないぞ!」

「あんなクソオヤジに頭下げるなんて絶対嫌です! そんなはした金で魂を売りたくないです!」

「500万をはした金って……な、何を……」

「冷静に考えてみて下さいよ。今現在この値段という事は、それ以上の価値になる可能性を大いに秘めている……という事ですよね。なら、今売ったらそれこそ勿体ないじゃないですか。もっと上目指しましょうよ。それに……伝説作るのは俺と北さん、2人でって約束したじゃないっすか」

「な、何か滅茶苦茶強引な気もするけど……一理あるか。……そうだな。それだけ現時点で可能性があるという事が分かっただけでも良し……とするか。それにしても……ぁあああ! 折半だとして250万の臨時収入が~! 加藤君のアホ──!」

 この様にして、異次元の買収話は流れていった。

 後悔たらたらの北さんと対照的に、加藤は非常にすっきりした気持ちであった。そして、この時、加藤は初めてバーチャル世界が現実社会とリンクしている事を知り、そして自身のメルマガの可能性・価値を理解した。

 そして──加藤の中の眠れる獅子が、突然目を覚ました。


■悲しき破壊神の目覚め

──それにしても、ちょっと知名度が上がって価値があると分かったら擦り寄ってくるなんて……で、用がなくなったら虫けらのように捨てられる、と……捨てられない様に媚び諂え? 長い物には巻かれろ? ……これが社会の常識? ……何て下らない。

──あれ? もしかして……今の会社と同じ……? 入社の時だけ甘い顔をして、ロクに指導もしないでノルマだけ追わせて……第一基盤を食いつぶさせたら、虫けらのように捨てて……これが保険会社の常識? ……何て気持ち悪い。

──何だよ、4年程度で古株になるこの業界は……一体今までどれだけの人が犠牲になってるんだよ……何でこんな酷い業界が何十年も続いてるんだよ……誰も声上げないんだよ……

──俺は……たまたま契約がそれなりに取れていたからマシな方だった──いや、会社の方針に従わないからといって酷い目にあってたよな……潰されそうになってたよな……失感情症なんて患う程に……美幸がいなかったら、俺、死んでたよな……それ以前に俺がそうならなかったら……美幸だって……

──俺の全てを奪ったのは……社会のルール? 体裁? 常識? ……ふざけるな……そんな下らないものの為に……絶対許さない……

──誰もやらないなら……俺が……やってやる。全て、ぶっ壊してやる……!

──世論を動かしてやる……洗いざらい全部、表に出して……言葉に乗せて……火をつけて……!

──その為に……俺は悪魔にでも化け物にでも……何にでもなってやる!

『……人殺し! あなたのせいで……お姉ちゃんを返せ! 何であなたが生きてるのよ! お姉ちゃんが死ななくちゃいけないのよ! 死神!』

──ホント、ごめん、美子ちゃん、幸子ちゃん……ホントの死神になって全てを無にしてから、できるだけ苦しんで……壊れて地獄に堕ちるから……もう少し生きてる事、許して。

『前の私みたいに困っている人、きっと世の中たくさんいると思うから、1人でも多くの困っている人を救ってあげれたらな~って、ね』

──ようやく……俺が目指すべき道が見えたよ。一見滅茶苦茶に思えるかもだけど……一人でも多くの人を救うには、これが一番近道だから。……美幸ならもっとスマートにやるだろうけど……この方法はきっと俺にしかできないから。……道半ばで消されたらごめん……美子ちゃん達の学費の最低限はもう完了させてるから、許して。


 ほんの些細なきっかけで人は化けるものである。加藤にとってのそれは──この出来事だった。もし、この買収話がなかったら……この様な破壊的な思想に至らなかったかもしれない……いや、他の何かが引き金となり、同じ道を辿っていたかもしれないが……

 加藤は、本当の化け物に変貌しようとしていた。あの小橋の恐れた業界の最大の敵となる破壊神として……
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