2-2工具使いと人は呼ぶ

文字数 1,792文字

 工具使い(ガジェットテイマー)。

 友なる工具霊を具現化させ、獣機どもをぶった切る情け無用の処刑人。

 工具使い。

 転生トラックの大暴走に呼応して、才能に目覚めた人々。しかし多くは自らに起きた変化を認識する前に転生トラックの餌食となり、生きのびた者は少ない。

 工具使い。

 ガスマスクのJKもまた、その一人。故に敬意と畏れをこめて人は彼女をこう呼ぶ。

 工具使い。

 だが家族はちがう。

「父さん、母さん、ミホ……」

 何故なら彼女がその資格を得た時、彼女の家族は失われたからだ。死に別れならまだマシだった!

「だがそれも今日までだ」

 眼下には超! 超! 超! 超! 超! 超!

 超大型の転生トラック。先頭は目の前に、末尾は彼方の山のすそ野に。あまりに長く、あまりに高く、ばかばかしいほど幅広い。もはやトラックと呼べるサイズではない。超絶巨大な列車とでも呼ぶべきか。だがそいつはあくまでトラック。レールを必要とせずタイヤで走る。

 何故なら転生トラックだからだ!

 地獄は一匹の獣の姿をしていると言う。

 がらがら、どがしゃん。がらがら、ずどん。

 地響きとともに鉄サビ色の塵が舞う。

 がらがら、どがしゃん。がらがら、ずどん。

 車体から突き出た棘を蠢かせ、ボンネットをがばちょと開けて、食っている。

 そびえ立つ観覧車をタイヤで抱え込み、ガツガツとかじっている。食えば食うほど体表が蠢き、泡立ち、新たな突起が生える。でたらめに生える。

 食い終わったらお次はメリーゴーランドだ。ぴょんぴょん跳ねる姿で固まった、色とりどりの木馬の群れ。白、赤、黄色、紫、緑にピンク色。かろうじて残っていた色彩が、かじられるそばから失われ、灰色に褪せ崩れ散る。かつてここは巨大な遊園地だった。見捨てられ、放置された大型遊具の残骸は転生トラックにとってまたとないご馳走。そして狩人にとっては絶好の囮。

 転生トラックはいつでも飢えている。食うのに夢中で気づかない。ジェットコースターのレールの上、すっくと立った制服姿のJKには。

「際限なくばかでっかくなりやがって。どんだけ共食いした?」

 共食い!


 そう、獣機は極めて仲間意識が薄い。互いに目に見える距離に二体以上存在すると、必ず殺し合う! 決着は敗者の死と勝者の食事。勝った方が負けた方を食う。実にシンプルなルール! 食った車のパーツと能力を吸収し、転生トラックは進化する。より巨大に、より多機能に、よりカオスに。

「どんなにでかくなろうが、見た目が変わろうが、あたしはお前を逃さない」

 JKは右手を眼前に掲げる。黒い革手袋に覆われた手をマスクの内側へと割り込ませ、小指をぎりりと噛む。

「この指が疼くんだ。殺せ、殺せ、お前を殺せ、全てを終わらせろ」

 黒いロングコートの懐から取り出したのは、十徳ナイフ。赤い柄にさんぜんと刻まれた白い星。黄昏の薄闇を束の間切り払う。

「ネジの一本、鉄板の一片に至るまで解体してやる!」

 手の中でナイフが光り、宙に浮く。

「友なる工具霊よ我が声を聞け。照準器(しるべ)の導きをたどり、来たれ」

 ぎゅぅうううううん。

 ナイフを中心に空間がネジ曲がり、渦を巻く。ぼこぼこと歪み、ふくらみ、形を変える。

「来たれ、『一ツ星』」

 ぎゅん!

 変わった。ナイフがチェーンソーに変わった。いや、ナイフを起点にチェーンソーが出現したのだ!

 黒革の手袋に包まれた指がハンドルをつかみ、コードを引く。

「エンジンスタート……」

 どぅるるるん! エンジンがうなり、楕円の刃が回転を始める。

「頭のてっぺんからしっぽの先まで三枚に下ろしてやる」

 厚底のブーツが線路を蹴る。サビと、ほこりと、火花を蹴立てて走り出す。

 がつん、がつん、がつん。一歩ごとに加速する。

 がっと踏み切る最後のひと足。閃光とともに狩人が飛ぶ! 目指すは超絶巨大転生トラックの背中。そう、コンテナの上部だ。

 そこに、口は無い!

 逆手に構えたチェーンソーを、柄まで通れと脈動する機体に突き立てる!

「召されろ、転生トラッ……ぇ?」

 がばっと開いた巨大な口が、あっさりと飲み込んだ。今正に車体を切り裂かんとしたチェーンソーを、使い手もろともばっくりと。そして、閉じる。何事もなかったように閉じる。

 続く。続く。転生トラックの食事が続く。食われたそばから回転木馬、さらさら崩れて灰になる。

 ああ、名も無き狩人よ、安らかに……。

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登場人物紹介

常道・E・ミレ
主人公。家族の仇を探して灰と塵の荒野をさすらう女子高生。転生トラックの天敵にして無慈悲な狩人。「来いよ、解体(バラ)してやる。鉄の一片、ネジの一本すら貴様の痕跡は残さん!

円辺・P・朗太
ヨナ町で農場を営む中年男。父一人子一人。見かけによらず魂のピュア度はすさまじく高い。
「おじさん、もうすぐ死んじゃうから」

円辺・G・心斗
父親と二人で農園を営む元気な幼女。年齢は八歳。
名前は「ハート」と読む。

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