1-1荒野の転生トラック
文字数 3,034文字
あたりは一面真っ平ら。見渡す限り不毛の荒野。はるか遠くに黒々と、そびえ立つのは富士の山。どんより黄ばんだ雲に覆われて、太陽は見えない。今日も、昨日も、一昨日も。一週間前、ひと月前、一年前、それより長い時間、ずっとずっと前から。
果てしなく平らな荒野に突き立つ崩れたビルは、さながら朽ちた墓石。どこから落ちたか降ってきたか、大型旅客機がまっさかさま、頭から地面に突っ込んでいる。弔うべき犠牲者はとうに朽ち果て骨すらも残らない。切れ切れにまきつく布に、かすかに残る黒と白との市松模様の輪、輪、輪。さながら葬儀の花輪。
走る、走る、トラックが走る。舞い散る灰はかつての街、飛び散る塵はその住人。吹きすさぶ風、ひるがえるポスター。
色あせた『おもてなし』の文字。
墓石のようなビルの上、押し合いへし合いひしめく人々。だれもかれもそろって白装束……比較的、かろうじて白と言える服を身にまとい、顔には白いコンビニ袋を被っている。おお、なんたる冒涜、貴重な人工遺物(アーティファクト)の無駄づかい! 目を出すための穴を空け、額にはこれまた貴重な油性マジックで黒々と、書きなぐった『転』の文字。
笑ってはいけない。これこそが彼らの神聖なる『死に装束』なのだ。
走る、走る、走る、トラックが走る。もうすぐビルの目の前に。うなりを上げる六対の車輪が地面を噛む。灰と塵の積もった地面はもはやどこが家やら路面やら。角張った車体、コンテナはどす黒くすすけ、表面を網の目に走る管は赤黒く光り、ひっきりなしに脈動する。
ひときわ白く、大きなコンビニ袋を被った男が両手を広げ、トラックをあおぎみる。一点の汚れも無きコンビニ袋は指導者の証。神聖なる儀式を行う司祭の印。
白装束の一団が、ぼそぼそとつぶやく。くぐもった声がさざ波のように広がり、唱和する。
「今度こそ幸せを」
「報われたい」
「休みたい」
「のんびりゆっくり暮らしたい」
「どこでもいいから今じゃないとこに行きたい」
「もうだめ」
「もうだめ」
「5000兆円ほしい」
「可愛いショタに生まれ変わりたい」
「勇者って呼ばれたい」
「勇者さまってちやほやされたい」
「チート能力で無双したい」
「こっちの世界の知識で異世界の遅れた野蛮なバカどもに『すげえっ、魔法だ天才だっ』てゆわれたい。できれば小学生レベルの知識で」
「強くなりたい」
「努力しないでスキルマで」
「ハーレムを。初っぱなから好感度MAXのハーレムを!」
「奴隷市場で買ったエルフの美少年を一晩幸せにしてからサメの餌にしたい!」
司祭が右手を掲げる。
切実な願い、赤裸々な欲望が誘導され、一つの言葉、一つの祈りを結ぶ。
ふらふらと白装束の信徒たちが歩きだす。コンビニ袋の穴からのぞく瞳は、血走り、にごり、穴よりも虚ろ。
迫る、迫る、トラックが迫る。ぼこぼこと車体の表面が泡立ち、槍状の突起が突き出す。何本も。何本も。何のために尖るのか? それはだれにもわからない。もとより理由なんかない。言うまでもなく法則も。ばっくりとボンネットが開く。まるでワニの鼻面、サメの顎。粘液したたるあぎとから、獣じみた咆哮が上がる。
押し合いへし合いビルの縁まで、歩みだした信徒の群れ。先頭の一人がわずかに残った柵に手をかける。その刹那!
立ちはだかる人物一人。女性だ。まだ若い。くすんだ灰色のパーカーを着て、フードをまぶかに被っている。ちらりとのぞく横顔は、整い、りりしく、美しい。
厳しい!
りんと響く声。告げる事実はあまりに酷烈。ゾンビのごとき信徒の歩みが止まる。
灰衣の女性は真っ向から司祭を指さし、告発する。
ぴくり、と信徒の何人かが反応する。
「だいたいその人、まだ死んでないじゃない。死後の世界なんか見たこともない。死んだ経験なんかない。転生するかどうかもわからないのに、何故そんな自信たっぷりに言えるの? 何故どや顔で人を誘えるの。何故、あなたたちは信じるの? 口車に乗せられてはだめ。甘い口には牙があるのよ!」
矢継ぎ早に言い放つやいなや、女性は自らの手でフードをはねのけた。
おお神よ! その美しい顔の右半分は虚ろ、漆黒、虚無の闇。この世ならぬ何かによって、無残にごっそり削り取られているではないか!
かすれたのどを振り絞り、文字通りの血を吐く叫び。信徒の群れは凍りつく。ハレルヤ、彼女の言葉が届いたか?
叫ぶ。叫ぶ。狂信者が身悶えし、絶叫する。
逆鱗に触れた。あるいは地雷を踏んだ。
とにかくやばい。すごくやばい!
もはや意味さえ失われた、時代遅れの旧き罵倒を口々に叫ぶ。
わらわらとゾンビのように手を伸ばす。灰衣の女性はもがいたが、不特定多数の暴力には逆らえない。あっと言う間に捕らえられ、担ぎ上げられる。
「おお聞け、子羊たちよ! 彼女は不幸すぎてひねくれ、歪んでしまったかわいそうな人なのだ。自分に都合の悪い真実は見えない。自分の意見は言わない。聖なる教えは聞こえない。おお哀れなるかな、この見猿言わ猿聞か猿よ!」
ここぞとばかりに司祭が叫ぶ。轟く転生トラックの咆哮に負けじと、裏返った声を張る。
灰衣の女性は絶叫。半分だけの顔を歪める。暴れる。無慈悲に掴む信徒の手から逃れようと、死に物狂いでもがく。おお神よ! 彼女は知っているのだ。この先に、何が待ち受けているかを。
嫌がる女性を担ぎ上げ、狂信者どもは進む。待ち受けるのはおぞましき、転生トラックの地獄のあぎと。
必死の叫びは呪詛じみた唱和にかき消され、行進は続く。破滅に向かって。
何たる暴挙、何たる狂気。神も仏もいないのか。
しかし、救いは来た!